無念すぎる「岩波ホール」の閉館…偉大なる歴史と功績を振り返る

更新日:2022-01-14 17:03
投稿日:2022-01-14 17:00
岩波ホールの入り口(C)共同通信社
岩波ホールの入り口(C)共同通信社

【大高宏雄の新「日本映画界」最前線】

 残念というより、無念である。老舗ミニシアターの都内・岩波ホールが、7月29日をもって閉館することが決まった。

 オープンしたのは1968年の2月。54年の長きにわたる歴史に幕を下ろす。同館から届いたリリースには、「新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました」とあった。しかし、「新型コロナの影響」だけが原因とは思えない。ここ数年、ミニシアター興行、いわゆる単館系興行は厳しさを増していた。それは岩波ホールでも無縁ではなかった。いわばコロナ禍はそこを直撃したと思われる。

 岩波ホールは、1980年代に起こったミニシアターブームの先駆けの映画館である。同年代初頭からブームとなるミニシアターの原点だ。2人の女性が、その礎を作った。同館総支配人(当時)の高野悦子氏と東宝東和(当時)の川喜多かしこ氏。2人は通常の興行網に乗らない芸術性の高い映画、その後アート系といわれる作品の上映を推進した。1974年、最初の作品がサタジット・レイ監督の「大樹のうた」だった。上映範囲は世界各国の映画に及んだことは他の記事に多く出ている。

 今、改めて思い出すことは限りがない。ここでは2,3を挙げるにとどめる。まず上映にあたり、「エキプ・ド・シネマ」(映画の仲間)という標語を掲げたことが象徴しているように、同館のスタートには「映画上映運動」という意味合いがあった。これが非常に重要である。

■「映画上映運動」への意識

 芸術的映画の上映を目指し、1960年代から始まるATG(アートシアター)もまた「映画上映運動」という意識を強くもっていた。ATGは周知のように、60年代末には低予算(1000万円映画ともいわれた)の邦画の拠点になり、洋画が減少していく時代的な背景があった。だから、高野、川喜多両氏は、ATGの役割を世界映画にまで広げる強烈な思惑があったのかもしれない。

「運動」とは言葉だけでは採算度外視のように見えるが、そうではない。ATGが採算的な制約が次第に足かせになっていくように、「エキプ・ド・シネマ」もまた逃れられない。高邁な志だけでは「運動」の継続期間は短いのだ。そこでさまざまな取り組みを試みるが、なかでも特筆されるのは会員制度の充実と宣伝の多角化だ。前者は高野氏の文化人としての発信にはさまざまな影響力もあり、女性層の絶大な支持を得ていく。観客たちは「映画上映運動」を後押ししたのだ。後者では配給会社と足並みを揃える形で宣伝へのかかわりを強くした。

 80年代から90年代はその姿勢がもっとも効果を発揮した時代ではなかったか。いつ行っても満席に近く女性客が多かった。ただ時代が進めば、その女性たちもだんだんと年を重ねて映画館を離れる人も増えていく。岩波ホールをはじめとして、80年代から90年代あたりまでのミニシアターの興行を支えたのは、監督のバリューも大きかった。岩波ホールでいえば、サタジット・レイはじめ、ルキノ・ビスコンティ、アンジェイ・ワイダ、テオ・アンゲロプロス氏らの名前が並ぶ。

 日本映画では、羽田澄子、黒木和雄、小栗康平監督らの貢献度も忘れてはならない。作家性という言葉があるが、その作家性を示す監督たちの独自の個性が作品の力となり、強力なバリューとなって岩波ホールファンの気持ちをとらえたものだ。ただ次第に弱体化し、作品、客層の変化につながっていったのは否めない。現代に続くミニシアターの厳しい道のりの一端もここにある。

 1970年代後半以降、地方から東京に出てきた映画青年だった筆者にとって、岩波ホールがどれほど輝かしくステイタス的な存在であったか。ビル地下階段から見える看板の威風、エレベーターで降りた先にある入り口からロビーの格調高さ、シックな装いの館内。映画を見る前から映画の物語が始まっていた。帰りに買うプログラムの見事さ。非日常から神保町の雑然とした街並みの日常の中に帰っていくときのざわざわした気持ち。今ではすべてが映画の物語のように感じられる。

 いつの間にか、筆致が変わってしまった。岩波ホールだからそれは致し方ないとご勘弁願いたい。それにしても岩波ホールは頑固だ。多目的ホールとしてスタートした当初からの名前を変えていない。あくまで「ホール」なのだ。それはさきの「映画上映運動」とも関わっているのではないか。ある特定層が、強く支える映画上映の場。そこは映画館が意味する通常の映画興行とは一線を画す。

 今回、全くほんの部分的なことしか書けていない。岩波ホールの映画の物語は実に長尺なのだと思い知った。ミニシアターの原点にしてブレずにミニシアターであり続けた。とにもかくにも、スタッフの皆さん、本当にありがとうございました。

(映画ジャーナリスト)

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