なすびさんの不屈の精神力「今は電波少年に感謝の気持ち」

更新日:2019-05-27 17:33
投稿日:2019-05-27 17:32
なすびさん(C)日刊ゲンダイ
なすびさん(C)日刊ゲンダイ

【あの人は今こうしている】

 人気バラエティー番組「進ぬ!電波少年」(日本テレビ系)出演をきっかけに数多くの芸人がブレークした。98年1月から99年4月まで放送された「電波少年的懸賞生活」のなすびさん(43)もそのひとり。16年5月19日にはエベレスト登頂を果たし話題になった。あれから丸3年、今どうしているのか?

  ◇  ◇  ◇

「24億年前の地点です。これまでの地球は気温が高く保たれていました。海にすむメタン菌が作り出すメタンガス、そして活発な火山活動により~」

 5月11日午後、なすびさんの姿は都内・日比谷公園にあった。

 身ぶり手ぶりを交え、30人ほどの参加者を前に地球の歴史を説明していた。遠目に見ても、誰であるかすぐにわかった。

 この日は環境イベント「第29回 森と花の祭典 みどりの感謝祭」が開催されており、なすびさんはトークショーに出演。体験プログラム・富良野自然塾「46億年・地球の道」のインストラクターも担当した。

「地球創世から現在への、気候変動と生物の進化を学ぶ1時間ほどのウオーキングです」

 富良野自然塾は作家・倉本聰氏が塾長を務める体験型環境教育施設。本校は北海道富良野市郊外にある。なすびさんは昨年8月に開校した裏磐梯校の特別インストラクターだ。

「僕が生まれ育った福島は東日本大震災による原発事故問題は避けて通れないですし、エベレスト登頂の過程でも環境問題について考えさせられました。ライフワークになりそうですね」

 本業は俳優。舞台を中心に活動し、福島ではテレビ、ラジオで4つのレギュラー番組を持ち、週のうち半分は福島にいることも。

「他にも『あったかふくしま観光交流大使』『山の日アンバサダー』といった公的な仕事、それと『故郷への思いと願い』をテーマにした講演。おかげさまで忙しくさせていただいてます」

 さて、専修大法学部に在籍し、俳優を夢見ていたなすびさんが、バラエティー番組「進ぬ!電波少年」のワンコーナー「電波少年的懸賞生活」への出演が決まったのは98年1月。

 最終オーディションのくじ引きでチャレンジャーとなった。

「アパートに軟禁され、さまざまな懸賞にハガキ応募し、賞品総額が100万円になったら解放されるという企画でした。深夜帯の放送だったのに視聴率が30%を超えることもあって、韓国編を追加。トータルで1年3カ月にもなりました」

 プロデューサーから渡されたのは、大量のハガキと筆記用具、乾パンだけ。パンツもシャツも脱がされ、スッポンポンで生活がスタートした。

■独りハガキを書き続ける極限状態でついた精神力

「最初はタオルがないので、シャワーを浴びた後は水浴び後の犬がやるように体を振り、エアコンの風で水滴を飛ばしてました。もちろん、布団もなかった(笑い)」

 食料が尽きた時は、ドッグフードも食べた。

「味? レトルトはあまり味がせず、ドライは変なビスケットみたいな感じ(笑い)」

 父は警官。「勘当されてもおかしくない」と覚悟した。

「もう二度とやりません。でも、独りでひたすらハガキを書き続けるという極限状態を耐え、不屈の精神力がつきました」

 それが、3回挫折し4度目で成功したエベレスト登頂にも役立った。

「標高1350メートルほどの地元の安達太良山でさえ登ったことがないのに、いきなりエベレスト。公表した最初は売名行為、便乗商法と散々叩かれました。でも、僕が挑戦することで福島だけじゃなく復興途上にある東北各県の方々に、元気と勇気、夢と希望を持ってもらおうと思ったんです」

 費用は毎回約1000万円。最初の挑戦では貯金を崩し、愛車のプリウスを売却。不足分を友人知人に頼った。

 2回目、3回目はクラウドファンディングを利用した。

「1回目はタイムアウト、2回目はルート上の氷河崩落、3回目はネパール大地震によって断念せざるを得ませんでした」

 そして自己負担で計画した4回目、16年5月19日に無事登頂した。

「大勢の方に助けられました。これも『懸賞生活』からのつながり。今は番組に感謝の気持ちしかありませんね」

 世田谷の1Kアパートに一人暮らし。独身だ。

 (取材・文=高鍬真之)

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