米アカデミー賞7冠「エブエブ」の衝撃! ハリウッドにおける「アジア系映画時代」の到来
【寄稿】映画評論家・北島純(社会構想大学院大学教授)

13日(日本時間)に開催された第95回アカデミー賞授賞式で、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が作品賞をはじめとする7部門のオスカーを独占した。
監督賞と脚本賞を受賞したダニエルズ(監督コンビ)の一人ダニエル・クワンは中国系米国人、主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーは中国系マレーシア人、助演男優賞のキー・ホイ・クァンは中国系ベトナム人。
2020年に作品賞や監督賞を獲得したポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」や、21年のアカデミー賞を席巻したクロエ・ジャオ監督「ノマドランド」に続き、ハリウッドにおける「アジア系映画の時代」到来を鮮烈に印象づけた。
舞台となるのは中国系移民夫婦が経営するコインランドリー。仕事に忙殺され税務申告で追い詰められる主人公エブリンが突然、宇宙の存亡を懸けた戦いに巻き込まれる。パラレルワールド(並行世界)のような多元的宇宙(マルチバース)を自在に越境できる悪の権化ジョブ・トゥパキが宇宙を破壊し混沌(カオス)をもたらそうとする中、世界を救えるのはエブリンだけだというのだ。
マルチバースを猛烈な速度で行き交い、クンフーなど他宇宙での特殊能力を身につけて戦うという荒唐無稽なSF喜劇の物語性を支えるのは「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」や「グリーン・デスティニー」のアクションで名を上げ、「クレイジー・リッチ!」で熟練の演技を見せたミシェル・ヨーの存在感だ。静かな熱量にあふれる彼女の演技は主演女優賞にふさわしい。
人生の分岐点を振り返り「あの時にああしていたら別の人生になっていた」と後悔し、あるいは想像や感慨にふける。これは古今東西「人の常」で、今に始まる話ではない。
しかし現代ではそれに加え、インターネットの発達によって「仮想現実化」が進展し、例えばSNSの裏アカウントで本音を呟き、実際以上に盛った「リア充」写真を投稿し悦に入ったりもする。そうしたアイデンティティー(自己同一性)の多元化は、人に自由な選択肢をもたらすように見えて、実は「全てがどうでもいい」(Nothing matters)という虚無の闇をもたらしかねない。
■仮想化された現代における「家族の愛」
過剰な自由が人格的自律をむしろ損なうという逆説は、自由意思など存在せず、すべては決定されているという古典的哲学命題も想起させる。ブラックホール(虚無の天体)にマルチバースを引きずり込もうとするジョブ・トゥパキは実は主人公の娘であり(ステファニー・スーが2役を熱演)、その彼女を救えるのは母親ミシェル・ヨーだけというのがこの映画の肝だ。
あらゆる潜在的可能性が凝縮されている存在がいま目の前にあることに気づいた母親が娘を抱きしめる時、「その事以外はどうでもいい」(Nothing matters)という光が差す。スマホ一つで完結されるような矮小な「仮想現実化」と「社会の分断」が進む現代だからこそ、いま目の前にいる人を愛し、他者に手を差し伸べよというシンプルな訴えが胸にじわじわと迫る。
過去の名作映画が頻繁に引用されるこの映画、1回見ただけでは意味が分からない難解な箇所もある。オススメは最低でも2回、何回でも見ることだ。
▽北島純(きたじま・じゅん) 映画評論家。社会構想大学院大学教授。東京大学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク王国大使館上席戦略担当官を経て、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹を兼務。政治映画、北欧映画に詳しい。
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