33年前の「フライデー襲撃事件」で報じられなかったこと

更新日:2019-08-14 16:13
投稿日:2019-08-11 23:24
ダンカン(C)日刊ゲンダイ
ダンカン(C)日刊ゲンダイ

【ダンカンの笑撃回顧録】#1

 写真週刊誌「フライデー」が報じた「闇営業」から、あの吉本興業がテンヤワンヤの大騒動。それは日本中の注目を浴びることになったが、フライデーが関わる大事件の元祖は今を遡ること33年前、1986年12月9日未明にビートたけしとたけし軍団11人が発行元の講談社に殴り込んだ「フライデー襲撃事件」に他ならないのだ。

 事件の概要はすでに多くの記録として詳細に残されているので、改めてここに記することはあえて避けるが、たけし軍団の一員であり、襲撃犯のひとりとしてあの歴史的(?)事件を振り返ってみようと思う。

 当時のマスコミ報道は「暴行傷害」「傘」「消火器」「現行犯逮捕」などの物騒な言葉が飛び交ったが、事実は小説より奇なりで、編集部での乱闘の部分を除けば、その前後はなんとものんびりとしたものであったというのが真実なのだ。

■警備員は「ご苦労さま」と丁寧に頭を下げた

 例えば、これなども報じられていないと思うが、深夜3時ごろ、たけしさんの麹町のマンションに集合し、3台のタクシーに分乗し、音羽の講談社に着いた12人……。

 風格漂う旧講談社ビルの左側に沿って行くと、そこには警備員室があり、当然、真夜中に男たちの集団がワンサカと現れたのだから、慌てて警備の人が飛び出してきたのは、いたく当然のことであったろう。

 その警備員の表情が次に仰天へと一瞬にして変化すると、「あ、たけしさん? 軍団さん? あ、ご苦労さまです」と丁寧に頭まで下げてくださったのだった。さらに編集部へ行くエレベーターを尋ねると、律義にもエレベーターの前まで誘導してくれたのである。確かにフライデーとしても、よもや夜中にぶちのめされるとは、露ほどにも思っていなかったから、警備に連絡していなかったのだろう。

 フライデー編集部のある階でエレベーターを降りたわれわれ12人は右側へと進み、不思議なほど冷静に編集部の扉を開け、たけしさんが「フライデーの編集部はここか」と、静かに対応に出た女性に尋ねたのだった……。しかし、その女性の返答に12人はポカンと口を開けたまま、その場に立ち尽くすことになったのだった。 (つづく)

(ダンカン/お笑いタレント・俳優・放送作家・脚本家)

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