子供の“粗相”は許して当然? 鼻につく母親の口ぶり…私は「子連れの女」に同情することにした【大磯の女・水野実久28歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-07-12 11:45
投稿日:2025-07-12 11:45

同世代の子連れ女と、私。幸せなのはどっち?

 15時過ぎ。

 彼から「新幹線に乗った、18時には行けそう」というDMが来た。プールは明日、一緒に入ろう、とのことだった。

 だけど、彼のことだから今夜たらふくお酒を飲んで、それどころじゃなくなるんじゃなかろうか。明日は宿泊者専用のVIPエリアを利用できるらしいから、きっとそこで一日中寝ているんだろう。

 呆れながらも、私は彼の寝顔を思い出して思わず口元がゆるんだ。そんな誰にも見せられないにやけ顔で、スマホを伏せたその時だった。

「やっと静かになってくれましたよ。うるさくてごめんなさいね」

「結婚なんかするもんじゃないですよ」

 また横の女に話しかけられた。上の子ふたりは、子供用プールに行ったらしい。乳児はもうひとつのベッドでスヤスヤ寝息を立てている。

「い…いえ、気になりませんでしたよ。それにしても大変ですね。旦那様は?」

「平日ですからね。夫は仕事人間なんで。慣れたものです」

 遠い目で、誇らしげに言う彼女。曰く、その分稼いでくれるし、度重なる出張時も必ずプレゼントを買ってきてくれるから十分満足しているのだと、聞いてもないのに話してくれる。

「大変ですね」

「そうなんです! 私もパートしているから休みは無いに等しいのに、半年の赤子を置いて、飲み会とかにも行っちゃうんですよ。本当に毎日ムカついて…結婚なんかするもんじゃないですよ」

「へぇ…、勉強になります」

彼の奥さんもこんな感じなんだろう

 嬉々として話しはじめた彼女。

 当初は特に何も思わなかったが、勝手に私を独り身と決めつけていることが少々引っかかった。女のエンジンはさらにかかる。気がつけば、話の切り上げどころがわからなくなっていた。

 この前見たネットの記事で、主婦は孤独で喋りたがりだと言っていた。おそらく彼女も例にもれず孤独なのだろう。なんて哀れな毎日なのか。にっこり微笑み、意地で独身の余裕を見せつける。

 ――彼の奥さんも、きっとこんな感じなんだろうな。

子連れ女と独身女。交差するふたりのかみ合わない会話

 記憶だと、あの人の奥さんは専業主婦で、私よりたぶんかなり年上。小学生の子がひとり。目の前の女に比べるとそこまで大変じゃなさそうにもかかわらず、仕事から帰ると彼に愚痴と小言ばかり投げつけるという。

 奥さんも奥さんで孤独なのか。

 だとしても、家族のために、疲れて帰ってきた愛する夫に苦言を呈するなんて意味が分からない。彼は、家に帰っても居場所はなく、息苦しいという。だから私に癒しを求めるのは当然だ。

 きっと、私がいなければ彼はつぶれてしまう。弱音を吐けるのは私だけだと、腕の中でつぶやいていた。

 支えなければ。

 自分本位な性格の私が誰かに対し、こんな優しい気持ちを持てるのは、生まれて初めての経験だった。

「ママさん」に足を踏み入れる勇気はない

 ――あれ?

 なんだか私も息苦しい。水の外にいるのに、ふしぎだ。

 目の前の女性の、一方的なネガティブな話題を耳にし続けることによって、彼の気持ちを追体験している気持ちになったからだろうか。

 私は余計彼に会いたくなった。

「旦那はね、運動会の時も前日二日酔いで――」

「ええ、それはひどいですねー」

 話題を極力耳に入れずに共感し、無感情で目の前の女の表情だけ見ていた。

 子供を持てば、どんな女性も目の前のママさんや彼の奥さんのように、周りが見えなくなって愛する人に思いやりのない人間になってしまうのだろうか。

 可愛くて、綺麗で、スタイルもいいが、剥がれかけたネイルなど、ところどころの雑さが感じられるその女。どんなに着飾ろうと、ママさんとしか表現できない滲み出る生活感。私はまだまだその域に足を踏み入れる勇気がない。

 ――この人は私と同じ年くらいなのに……。

幸せアピールに隠れたリアルな生活の裏側

 私が大学を卒業した頃に、あの男の子が生まれた感じだろうか。女の子は私が本社に配属されたころ、つまり彼と出会ったころ。すやすや眠る赤ちゃんは、生後半年と言っていた。半年前と言えば、私と彼が沖縄に旅行をしたころだ。

 私が、恋に仕事に日々を謳歌していた間に、髪を振り乱していた、彼女。

 彼女には彼女の人生があっただろうに。髪を巻いて、ビキニを着る彼女の気持ちはいまだキラキラを求めている。

 子供3人引き連れて、自分も映えるプールビーチに来るくらいだ。ポーズを決めたインスタ用であろう写真も撮っていた。受け入れられない部分はきっとあるはず。

 金切り声で子どもを喚き散らす生活感を裏側の背景にして、幸せをアピールしたい誰かが存在するのだ。

子供の目元…誰かさんにそっくり?

「ママー」

 兄妹が戻ってきた。そろそろ帰ろう、と母親に言いに来たようだ。まだ日が高いが、時間はもう16時。彼らはほど近くに住んでいるのだという。

「ごめんなさいね。ゆっくりしていたのに」

 女性はにっこりと頭を下げ、子供たちと言い争いをしながら、パラソルの周りを片付け始めた。彼女の手には、ベンツのスマートキーが握られていた。

 ――稼いでくれる旦那、っていうのは本当なんだな。

 見栄なのではないかとうっすら勘ぐっていた自分を恥じる。そして、ふとあることに気づいた。

 水中眼鏡を外した彼女の息子さん。

 私がよく知っている、誰かに目元がそっくりだったから。

ミドリマチ
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作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

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