#3「バカにされてる?」元彼のイヤミがつらい。女が椎名林檎を歌う理由

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-10-21 06:00
投稿日:2023-10-21 06:00

陽士が紘子のスナックを訪れた真意とは

 何気ない言葉の中の悪意は、隠していても受け手はちゃんと感じとってしまうものだ。

 ――あれ? 私いま、バカにされてる?

 被害妄想と言われようと、悪意は善意よりも分かりやすい。

「うん……スナックはただの腰掛けだから。いつか仕事で一緒になれるといいね」

 せめてもの強がりで、紘子は陽士を見つめた。

 劇団員復帰とまでは行かずとも、話の流れで「自分を陽の当たる方向に導いてくれるかもしれない」という下心も含めて。

 だが、彼は紘子の懇願の視線を鋭く突き返すのだった。

「そだね。もし、演劇ライターやドラマの評論家になったら、取材してよ」

「書き込み、全部見たよ」

「……え」

「SNSで人気みたいじゃない」

 紘子は気づいてしまった。陽士がこの店に来た理由を。

「書き込み、全部見たよ。開示請求も考えたけど、あれ、紘子でしょ。うちをパプリカ、って呼んでる人って大学からの古参だよな、ってピンときたところから始まって、マニアックな昔の思い出とか、句点を5つ並べるところとか。全然変わってないから、すぐ分かったよ」

 芝居衆団パプリカ色素。略してパプ色、と多くのファンは彼らのことを呼称している。他人を装いながらも、無意識に自意識が出てしまっていた。

 紘子の頭は真っ白になる。

「紘子は昔から言うこと鋭いよね。俺らへの中傷は置いておいて、ドラマや芝居の感想は面白いってメンバーも感心してた。ネットのライターにでもなったら? 家でテレビ見て書くだけのさ 」

「……ごめんなさい」

罪悪感より慰謝料

 罪悪感より、慰謝料はいくらになるのかとよぎってしまう自分が憎い。貯金は一切ないから。

「大丈夫。今日の君見て、思うところはあるよ。まぁ、『昔の仲間』として、これからも応援して」

 彼は2万円をカウンターに置き、背を向ける。お釣りとボトルの残りは紘子へのチップ代わりにあげるという。

「ちょっと、待って」

 陽士は紘子の脳裏に笑顔の残像だけを残して店から出て行った。途端、体中が熱を帯びる。

 外は強い雨が降ってきた。今夜の来客は期待できない。

自分を痛めつけるために歌う

 紘子は陽士のチップの分だけ、カラオケを歌うことにした。

 曲はもちろん、『正しい街』だ。

 彼から借りたアルバムに入っていたその曲は、歌詞を暗記するほど歌ったにもかかわらず、それでも熱唱したくなる。

 思い出やメロディが、何もかも刺さって胸が痛くなるのに。むしろ、今、自分を痛めつけるために歌っているようなものだ。

 何度もリピートした後、残ったのはかすれ声と行き場のない悔しさだった。

 紘子はSNSのアカウントを閉鎖し、スナックも辞めることを決めた。その代わり、だいぶ前から応募を迷っていたオーディションとワークショップの申し込みを決意した。

 いつか、あさがやってくることを信じて。

 毎度のごとく落ちてもかまわないから。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


【2024年人気記事】千代田区民は“勝ち”だよね。通勤ラッシュを知らない自分は上流階級層の女
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
【2024年人気記事】初の顔出し告白!1日最高40万円稼ぐ 格闘技好きギャラ飲み女子の私生活
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
【2024年人気記事】昭和生まれの40女LINE、不適合にもほどがある?「おばさん構文」なのネ
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
【2024年人気記事】「旦那死ぬよ!」住職から叱られて以来、大事な“トイレのあれ”。水回りは大事だ
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
【2024年人気記事】電マの営業からラブホの清掃員へ…羞恥心とも戦うストリッパーが思うこと
 2024年も「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記事を再掲載します。こちらの記事初...
みなたま、ありがたま! 来年も素晴らしい“たまたま”に出逢えますように
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【2024年人気記事】二日酔いがきつい…! スナックママ流3つの予防法。意外な「あの食べ物」が効果的?
 2024年も「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記事を再掲載します。こちらの記事初...
無視したくせに個別LINEで取り繕われてもねえ。偽善者っぽさがプンプンにおう人たち
 良い人になりすまして、実は裏があったり何か企んでいたりする偽善者。そんな厄介な人との関わりは、最小限にとどめておいたほ...
夫のスマホ依存が止まらない! あるある過ぎてマジ泣ける…改善方法は?
 ガラケーがスマホになりSNS社会になった現代、多くの妻を悩ませているのが夫のスマホ依存。スマホを離さず、仕事以外の時間...
「もしや旦那無職?」って聞いてくるか!? 自称サバサバ女のデリカシーゼロなLINE3選
 竹を割ったような性格の人を「サバサバしている」と表現することがありますが、なかには「自称サバサバ女」と名乗り、自分の短...
令和ロマンのネタ“最強の苗字”説は本当?全国のワタナベさん達の苦悩…テストで字画削減のために『渡辺』等
『M-1グランプリ』(ABC・テレビ朝日系)で前人未到の2連覇という快挙を成し遂げた令和ロマン。ファーストラウンドでは昨...
性格が悪い人の見抜き方4連発。眉間のシワは加齢のせいだけじゃない
 性格の悪い人との付き合いで、悩み、苦労する人はたくさんいます。「もし出会った時にこんな性格だとわかっていたら…」と後悔...
これは友情?それともBL? たわわ男子の“たまたま”にイケナイ妄想が止まらない
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
飲み会キャンセル界隈でまわるカモ。LINEで乗り切る!? 飲み会の面白い断り方3選
 会社の同僚や友人を飲み会に誘った時、仕事の予定や金欠、体調不良を理由に断る人は多いですよね。ただ、なかにはセンスを感じ...
正月の門松に「松」は絶対必要? 住職の言葉にヒントが…歳神様を招く際に本当に欠かせないもの
 元旦から大きな災害に見舞われた2024年、当たり前の日常や生活に大きな変化が起きてしまった方々が、少しでも心穏やかな年...
Happy Merry Christmas! すいません、2024年最後のポンコツ商店会は思いっきり愚痴!!
 本コラムは、地元の“幽霊商店会”から「相談がある」と言われ、再始動の先導役を担う会長職を拝命することになったバツイチ女...