陽士が紘子のスナックを訪れた真意とは
何気ない言葉の中の悪意は、隠していても受け手はちゃんと感じとってしまうものだ。
――あれ? 私いま、バカにされてる?
被害妄想と言われようと、悪意は善意よりも分かりやすい。
「うん……スナックはただの腰掛けだから。いつか仕事で一緒になれるといいね」
せめてもの強がりで、紘子は陽士を見つめた。
劇団員復帰とまでは行かずとも、話の流れで「自分を陽の当たる方向に導いてくれるかもしれない」という下心も含めて。
だが、彼は紘子の懇願の視線を鋭く突き返すのだった。
「そだね。もし、演劇ライターやドラマの評論家になったら、取材してよ」
「書き込み、全部見たよ」
「……え」
「SNSで人気みたいじゃない」
紘子は気づいてしまった。陽士がこの店に来た理由を。
「書き込み、全部見たよ。開示請求も考えたけど、あれ、紘子でしょ。うちをパプリカ、って呼んでる人って大学からの古参だよな、ってピンときたところから始まって、マニアックな昔の思い出とか、句点を5つ並べるところとか。全然変わってないから、すぐ分かったよ」
芝居衆団パプリカ色素。略してパプ色、と多くのファンは彼らのことを呼称している。他人を装いながらも、無意識に自意識が出てしまっていた。
紘子の頭は真っ白になる。
「紘子は昔から言うこと鋭いよね。俺らへの中傷は置いておいて、ドラマや芝居の感想は面白いってメンバーも感心してた。ネットのライターにでもなったら? 家でテレビ見て書くだけのさ 」
「……ごめんなさい」
罪悪感より慰謝料
罪悪感より、慰謝料はいくらになるのかとよぎってしまう自分が憎い。貯金は一切ないから。
「大丈夫。今日の君見て、思うところはあるよ。まぁ、『昔の仲間』として、これからも応援して」
彼は2万円をカウンターに置き、背を向ける。お釣りとボトルの残りは紘子へのチップ代わりにあげるという。
「ちょっと、待って」
陽士は紘子の脳裏に笑顔の残像だけを残して店から出て行った。途端、体中が熱を帯びる。
外は強い雨が降ってきた。今夜の来客は期待できない。
自分を痛めつけるために歌う
紘子は陽士のチップの分だけ、カラオケを歌うことにした。
曲はもちろん、『正しい街』だ。
彼から借りたアルバムに入っていたその曲は、歌詞を暗記するほど歌ったにもかかわらず、それでも熱唱したくなる。
思い出やメロディが、何もかも刺さって胸が痛くなるのに。むしろ、今、自分を痛めつけるために歌っているようなものだ。
何度もリピートした後、残ったのはかすれ声と行き場のない悔しさだった。
紘子はSNSのアカウントを閉鎖し、スナックも辞めることを決めた。その代わり、だいぶ前から応募を迷っていたオーディションとワークショップの申し込みを決意した。
いつか、あさがやってくることを信じて。
毎度のごとく落ちてもかまわないから。
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