元TBSアナウンサーで画家として活動する伊東楓さん(30)は現在、ドイツの首都ベルリンを拠点にしている。なぜ、ドイツなのか。
「好きなヨーロッパならどこでもよかったのですが、強いていえば、ドイツは過去に一度も行ったことがなかったから……」とちょっぴりバツが悪そうに話す。
TBS退社後、ドイツ語もしゃべれないまま単身で乗り込み、制作期間中は自宅兼アトリエに引きこもる日々を送っている(前編はこちら)。
「アーティスト活動ならベルリンに行け」
足がかりとして、ドイツ南西部のハイデルベルクという小さな町に3カ月の語学留学をした。出会った人々から言われたのは、「アーティストとして活動するならベルリンに行け」。実際に住んでみると、街の雰囲気と波長が合った。
「ベルリンには今もなお旧東ドイツ時代の名残りもあって、子育てや働き方、経済に関する考え方がまるで違うんです。ひとつのシティの中に異なる価値観が入り交じる、そんな混沌とした感じが私にはハマりました」
渡独から半年。TBS時代の貯蓄を切り崩し、制作活動に没頭する中、何者でもない自分への不安をかき消したのは、現地法人のユニクロとの仕事だった。
ドイツのユニクロでも“飛び込み営業”
ドイツでは、画家としての活動が1年にも満たない「ただの人」。相手からすれば、「Wer sind Sie?(あなた誰?)」だ。それでも“飛び込み営業”する度胸とバイタリティーで乗り越えた。
「10枚ほどの原画を持って、日本人アーティストがドイツのファッションに携わる意義を熱弁したらグローバル旗艦店とのコラボレーションが決まって……。
無名画家のイラストがプリントされたTシャツやバッグがとても売れて、契約期間も延長されたんです。この仕事が決まらなかったら、いまも画家と名乗れていないかもしれません。私の中ではとても大きな成果でした」
深夜に帰宅しても1日30分は絵を描く
TBSのアナウンサー時代、中居正広さんがMCを務める番組のアシスタントを任され、ホワイトボートに即興の似顔絵を描くコーナーを担当した。
この仕事を機に、単なる“絵ゴコロのあるアナウンサー”ではなく、きちんと絵画について勉強したいと思うようになる。
それからは深夜1時にロケから帰宅しようが、毎日30分は絵を描くことを自分に課した。すると「いつの間にか絵を描くという行為そのものが心の救いになっていて……。
周りが用意してくれた台詞や台本ではなく、自らが描いた絵で勝負したいと思うようになりました。『私は表現者になりたいんだ』と気づいたら、もう止められませんでした」。
持っているものを手放すのが怖いと思う以上に、捨てることによって得られる新しいものへの好奇心が勝った。ただし、立つ鳥跡を濁さず。退社まで1年かけ、極力周囲に迷惑がかからないよう配慮した。
「TBSの元女子アナ」という肩書き
「TBSのアナウンサーだったことは今も誇りです。会社を辞めて骨身に沁みたのは、『TBSの元女子アナ』という肩書きの効力です。
アーティストの多くは恵まれない環境の中で自らと向き合って作品に取り組んでいますが、私は手札に強いカードを持っている。こうして取材していただける機会ひとつとっても、活かさない手はありません。
TBSでの経験は、いまの私の土台であり、アドバンテージでもあります。画家として活動できているのは、これまでお世話になった方々のおかげなんです」
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