浮気より酷い夫の裏切り SNSには私の知らない「もう1人の彼」がいた

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-07-13 06:00
投稿日:2024-07-13 06:00

スマホを隠す理由を探らなきゃ

 苛立つ気持ちと、ぐずる二人を何とか制御し、やっと寝かしつけた30分後。リビングに戻ると拓郎はいまだ笑顔でスマホをいじっていた。

「…」

 絵里奈はぬっと彼の背後に回り込む。

「何だよっ!!!」

 拓郎は漫画のように飛び上がって、ソファから転げ落ちる。その驚きように、絵里奈も目を丸くした。

「ご、ごめんなさい、そんな声を出すとは思わなかったから」

「せっかく仕事を終えてリラックスしていたところだったのに」

 拓郎は被害者の面持ちで、逃げるようにバスルームへと向かう。スマホは大事に彼の手に握られたままだった。

「…」

 第六感、というものなのか。

 絵里奈は、焦りの見える彼の背中に何かを感じてしまう。

SNSの通知にホッ。だけど予想外の内容が

 薄い壁の奥からは、シャワーの音が響きはじめた。見るつもりはない、と心の中で呪文のように唱えながら、絵里奈はバスルームの方角に向かう。洗濯を自分への言い訳にして、洗濯もの置き場へ足を踏み入れた。

 フタが閉まった洗濯機の上。雑多に彼の抜け殻が乱雑に脱ぎ捨てられている。その中に、微かに震えるものがあった。

 覆っていた衣服をめくり、振動の原因を目にした。

「なんだ…」

 それは単なるSNSの通知だった。

 独身時代とは違うアカウント名でSNSをしていることは初めて知ったが、不思議なことではない。筆を絶ち、行き場を失った彼の承認欲求を解消させるためには、仕方ないことだと許容できた。

 しかし、あるリプに目がいった。

『先生の新作更新! 毎週楽しみにしています』

『早く読みたかった』

私の知らない、もう一人の彼がいた

 気になって居間に戻り、自分のスマホで検索してみると、フォロワーおよそ1万人、アイコンの絵柄も同一の、確実に彼のものであるアカウントを難なく特定した。

「え…なにこれ」

 その内容に絵里奈は目を見開いた。

 トップにピン止めされた投稿には、『ブラック労働と搾取妻に苦しむ僕がボケ老人の脳内に入った顛末⑤ 0/5』という文字の下に、漫画の冒頭の1コマと投稿サイトへのリンクが貼られていたのだから。

 内容は流行りの異世界もの。ストーリー云々より、別の疑問が頭を駆けめぐる。

 ――いつ、描いていたんだろう…。

 好意的な読者のリプには丁寧に反応し、そのやりとりを楽しんでいる“先生”。ちょうど数時間前の投稿も含まれていた。

 それは、絵里奈が子供の寝かしつけに格闘しているまさにその時のもので――。

「ママー」

 寝室から、昼寝から醒めた双子の泣き声が聞こえてきた。絵里奈は考える間もなく叫び声の元へと向かっていた。

 一方、拓郎はすぐ寝巻に着替えてベッドに入り、夢の世界の住人となる。

 必死で泣き叫ぶ子供をあやす妊婦に見向きもせずに。

#3へつづく:発覚した夫の嘘。絵里奈は飲み会への潜入を決意する】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


立ち止まっていても時間が進むのなら…
 立ち止まっていても時間が進むのなら、いっそのこと急がなくても良いのかも。  人は人、自分は自分。
「委ねる」は読めるかも? 「委しい、委せる」はなんて読むのかな
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
仕事帰り、ぶつかりおじさんのちかん被害に遭遇!?  私はどう対処すれば…
 先日、電車の中で「ぶつかりおじさん」に遭遇し、周囲に分からないような形で身体を触られました。あの時、自分はどんな対応を...
選ばなかった人生を歩む「もう1人の自分」と話してみたい
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
魅惑の“たまたま”の横から…モデル!? に立候補した茶トラ君
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
“刺身のツマ”じゃございません! 存在感爆上がりの「かすみ草」最新事情
 猫店長「さぶ」率いる我が愛すべきお花屋は、神奈川の片田舎にあります。  大企業の研究所が多数点在しているせいか、他民...
同僚A「昨夜、課長と歩いてました?」同僚B「私も見ました」って…。職場グループLINE公開処刑!!
 グループLINEは、仕事上でもとても便利な連絡ツールですが、時に意地の悪い人がいるのも現実…。  職場での公開処...
ギャラ飲み収入だけで年400万円の貯金達成!元キャバ嬢が浪費しないワケ
 経営者や著名人、人気のインフルエンサーも利用する「ギャラ飲み」なるサービスって知っていますか? 東京都内のみならず、全...
【求む2期生!】頑張るシンママの収入UPをサポート☆応募して豪華プレゼントGET!
 日刊ゲンダイが運営する女性webメディア「コクハク」では、メディア制作に協力してくださる「コクハクリーダーズ第2期生」...
雪解けの水とハミングと。
 雪解けの水がすごい勢いで山からくだってくる。  流れの音に耳をすませば春の訪れを知る。  澄んだ空気を感じ...
ぽかぽか陽気♪ ノスタルジーな小道で見つけた“たまたま”君
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「立ちんぼ女子」は売春行為や街娼を指すことばではなかった
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
朝立ち、オマン湖、チンチン!普通の会話なのに下ネタかました的なLINE
 普通に会話しているだけなのに、相手からしたらどう考えても下ネタにしか聞こえない言葉ってありますよね。引きつった相手の表...
大谷の“一平ちゃん騒動”で不安 友人との金銭トラブルQ&A~弁護士解説
 ドジャースの大谷翔平(29)の専属通訳を務めていた水原一平氏(39)が、違法賭博に関与したとして球団から今月20日、電...
【スナック超入門編】どんな場所?若葉印のホステスが実感する5大特徴
 みなさんは、そもそも「スナック」がどんなところかご存知でしょうか?  キャバクラやガールズバーとは何が違うの?...
高級クラブのホステス→ギャラ飲み嬢に 面識なしで突然10万円ギフトが…
 経営者や著名人、人気のインフルエンサーも利用する「ギャラ飲み」なるサービスって知っていますか? 東京都内のみならず、全...