亜紀からの「お詫び」って何のこと?
『この前のお詫びに、ランチでもどう? 駅前のEATALYはどうかしら?』
無心で庭の花壇に、来年の春に向けてチューリップの球根を植えていると、スマホが揺れた。ホームパーティーに唯一来てくれた亜紀からだった。
――お詫び、って何かされたっけ?
テラモにあるEATALYは、イタリア発の食材店で本場の味やメニューを提供するレストランを併設している。
丸の内や銀座、原宿にもあり、ここ辻堂にも店がある。ほか、この街には、ロンハーマンやminä perhonenの店など、都内でも特別な場所にしか出店していないお店がいくつかある。慶應のSFCへも近い。
その事実は、この地が人から選ばれ、人を選ぶ場所なのだと沙耶の自意識を存分に満たしている。
「これ、パンとお漬物のお礼のタルト。お子さんと一緒にどうぞ」
亜紀は席に着くなり、横浜のそごうで購入してきたという可愛らしいタルトを沙耶に手渡した。
「後輩」でもあり「上司」でもあった友人
「ありがとう、こんな気遣い、いいのに」
「ううん。この前の帰りに、せっかくのお土産を『苦手』って言ったことが後で引っ掛かって…余計なひと言だったってずっと後悔していたんだ」
沙耶は、彼女の言う「お詫び」がそのことだと合点した。
確かにひと言多かったが、そんな小さなことをずっと気にしているようではさぞ生きづらいだろうと、その繊細さに哀れみを寄せる。
しかしながら、わざわざランチに誘ってくれたのは素直に嬉しかった。近所のオシャレな店は、実際住んでみるとめったに行かないものだから。
「どう、仕事は?」
運ばれてきたパスタをスプーンの上で巻きながら尋ねると、亜紀は口元に手を添えて微笑んだ。
「相変わらず綱渡り。スタートアップだからね、今が踏ん張り時だと」
亜紀は、沙耶のかつて勤めていた会社の後輩でもあり上司でもあった。
沙耶が産休と育休を長くとっている間に、彼女に地位も給料も追い抜かされてしまっていた。仕事を休んでいたから当然のことだ。
彼女はいまでも「自分のせいで居づらくなって会社を辞めた」と思っているようだ。だからこそ、こうして懺悔のように友人として繋がってくれている。
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