夢の湘南「一軒家暮らし」で私が失ったのは何? 不便さの忠告に聞く耳持たず…腐っていく自分にゾッとする

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-01-11 06:00
投稿日:2025-01-11 06:00

亜紀からの「お詫び」って何のこと?

『この前のお詫びに、ランチでもどう? 駅前のEATALYはどうかしら?』

 無心で庭の花壇に、来年の春に向けてチューリップの球根を植えていると、スマホが揺れた。ホームパーティーに唯一来てくれた亜紀からだった。

 ――お詫び、って何かされたっけ?

 テラモにあるEATALYは、イタリア発の食材店で本場の味やメニューを提供するレストランを併設している。

 丸の内や銀座、原宿にもあり、ここ辻堂にも店がある。ほか、この街には、ロンハーマンやminä perhonenの店など、都内でも特別な場所にしか出店していないお店がいくつかある。慶應のSFCへも近い。

 その事実は、この地が人から選ばれ、人を選ぶ場所なのだと沙耶の自意識を存分に満たしている。

「これ、パンとお漬物のお礼のタルト。お子さんと一緒にどうぞ」

 亜紀は席に着くなり、横浜のそごうで購入してきたという可愛らしいタルトを沙耶に手渡した。

「後輩」でもあり「上司」でもあった友人

「ありがとう、こんな気遣い、いいのに」

「ううん。この前の帰りに、せっかくのお土産を『苦手』って言ったことが後で引っ掛かって…余計なひと言だったってずっと後悔していたんだ」

 沙耶は、彼女の言う「お詫び」がそのことだと合点した。

 確かにひと言多かったが、そんな小さなことをずっと気にしているようではさぞ生きづらいだろうと、その繊細さに哀れみを寄せる。

 しかしながら、わざわざランチに誘ってくれたのは素直に嬉しかった。近所のオシャレな店は、実際住んでみるとめったに行かないものだから。

「どう、仕事は?」

 運ばれてきたパスタをスプーンの上で巻きながら尋ねると、亜紀は口元に手を添えて微笑んだ。

「相変わらず綱渡り。スタートアップだからね、今が踏ん張り時だと」

 亜紀は、沙耶のかつて勤めていた会社の後輩でもあり上司でもあった。

 沙耶が産休と育休を長くとっている間に、彼女に地位も給料も追い抜かされてしまっていた。仕事を休んでいたから当然のことだ。

 彼女はいまでも「自分のせいで居づらくなって会社を辞めた」と思っているようだ。だからこそ、こうして懺悔のように友人として繋がってくれている。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「オレ忙しいアピール」って何様よ? 昭和オヤジの怠慢さに怒りの沸点越え
 本コラムは、地元の“幽霊商店会”から「相談がある」と言われ、再始動の先導役を担う会長職を拝命することになったバツイチ女...
更年期、私はこれで対処しています②賛否両論のプラセンタ、筋肉注射で痛みもこの上ないが…
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
40歳、セルフプレジャーより睡眠が優先!?フルタイム正社員に転職で痛感
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方をテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  つい先日ま...
仕事ができないけど愛される人の特徴5つ。ポンコツなのになんで?
 あなたの職場にも仕事ができないポンコツなのになぜか周りに愛されている人、いませんか? 今回は、仕事ができないけど愛され...
気は優しくて力持ちってこんな感じかな
 そして、  思わずほっこりしてしまうのはなぜ?  
ダークヒーロー参上! 木の上から睨みを利かせるアウトロー“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
息抜きは絶対必要!忙しいワーママが自分時間を確保する4つのアイディア
 世の中のワーママは、仕事や家事、育児と朝から夜まで大忙し! 自分の時間なんてほとんどありませんよね。しかし、人には息抜...
「糟糠の妻」の意味は? 出世しても〇〇してはいけないんだゾ
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
ほっこり癒し漫画/第85回「食べる! 食べるでござるーッ!」
【連載第85回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
酔っ払い同士の胸熱&ちょっと恥ずいLINE3選。きのこたけのこ戦争の和解にもおすすめ?
 人はお酒を飲むと日頃心に秘めている本音が出てきますよね。酔っ払い同士のLINEをのぞいてみると、本音同士の面白い会話が...
お互いの「子どもの共通点」に愕然。平凡になったのは元彼と私、どっち?
 新川崎の大規模マンションに暮らす真央。「量産型主婦」を自覚しているが、かつての真央はバリバリの個性派女子だった。そこで...
言われたくない! ただのオジサンになった「元彼からの一言」に怒りが…
 新川崎の大規模マンションに暮らす真央。量産型主婦を自覚しているが、かつての真央はバリバリの個性派女子だった。20年前の...
「浜崎あゆみみたい」って褒め言葉? サブカル女からママ友への小さな抵抗
 かつて京浜工業地帯を支えた巨大な貨物列車ターミナルだった新川崎は、今や「品川から3駅に住まう」などというまやかしのよう...
「奢る代わりに…」急に見せた“男”にドン引き! 仲良かった友達が苦手になった瞬間【LINE編】
 仲良くしていた友達と、LINEがきっかけで疎遠になった経験はないでしょうか? 「こんな人だったの?」という違和感から、...
「センスが悪い」ってモラハラじゃないの? かつての「センスがいい人」はどこに…
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(64)。多忙な現役時代を経て、56歳...
これは盲点…!カラオケ苦手な人が乗り切る必勝法。カギは「地元」にあり
 気づけばもう2024年も残すところあと少し…。なんか今年早くないですか?? こうやって時間は過ぎていくのかと思うと、本...