夢の湘南「一軒家暮らし」で私が失ったのは何? 不便さの忠告に聞く耳持たず…腐っていく自分にゾッとする

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-01-11 06:00
投稿日:2025-01-11 06:00

社長となった後輩に、悔しさすらない

 沙耶自身、正直、追い抜かされた時は悔しかったが、今はもうなにも思わない。退職の理由は正真正銘、引越しと育児専念が理由だ。

 亜紀は半年前に独立し、みなとみらいにオフィスを構える会社社長となった。平日に遠出ランチができるいい身分だが、その分失ったものは多いのだろうと沙耶は思う。彼女は、1つ年下なだけだが、いまだ独身で浮いた噂もないから。

 電線に止まる鳩のような俯瞰で、しばらく亜紀の会社の話を聞く。

 社長だからか、なかなか吐き出す口がないようだ。沙耶はその愚痴を穏やかに受け止めた。

「ごめんなさい、私ばかり話しちゃって。沙耶さんは、最近どうです?」

 気が済んだのか、突然、話しを振られた。特別なトピックは出なかった。

「いつも普通よ。相変わらずの日々」

「え、ノーストレスってことですよね。私も早くそんな生活がしたいですよー。大きな家に、イケメンで優しい旦那さんとかわいい子供、すごろくだったら上がりじゃないですか」

 亜紀の言葉はもっともで、心持ちがいい。今の生活の中にある希望は、子供の成長くらい。愚痴も感情の揺らぎもない日々。それはとても幸せなこと。

「じゃあ、午後は会社に戻らなきゃ。時間作ってくれて、どうもありがとう」

 食事代は知らぬ間に払われていた。

このまま、腐っちゃうのかな…

 店を出てすぐ、立ち止まって丁寧にお辞儀をし、シャキシャキと改札口に向かう亜紀の姿がすぐに遠くなった。

 彼女の腕にはマルゴーが下がっている。この前美容室で読んだVERYでモデルさんが私物として紹介していたものと同じセンスのいいバッグだが、その値段に驚き、他人事にしていた。

 彼女の成功にも、マルゴーにも何も感じない。知らぬ間に、雑踏の中に埋もれている。

 ――私、このままじゃ、腐っちゃうのかな…。

 ふと、湘南暮らしというぬるま湯でふやけて、皺だらけになるだけの自分を想像し、ゾッとした。

 何かしなければならない。

 そう感じながらも、最近ほとんど動かしていない脳の中に浮かぶアイデアなど何もなかった。

#3へつづく:穏やかな主婦が知った「浮気より刺激的」なもの。人生初のパチンコで味わった「異世界のような」快感】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


“毒親”に我慢しないで。酒で暴力、友人と肉体関係…絶縁を決意した5人のエピソード
 実の親子であっても分かり合えなかったり、親に苦しめられたりする人もいるもの。場合によっては、縁を切る選択がふさわしいケ...
賃貸の壁、将来の不安…独女が「ひとりで生きていく」ってどうすれば? これからの“住まい”を考える
「アラフィフ独女、51歳、フリーランス」この3点セットで生きていると、ふとした瞬間に「このまま、ひとりで歳を重ねていくの...
41.8度だってよ! 暑すぎて働けない…夏のやる気ゼロ→私がモチベUPできた対処法4つ
 夏本番。朝から照りつける日差し、ムワッとした湿気、汗が止まらない毎日…。そんな中で「今日も仕事か…無理かも」と思ってし...
ゴクリ…日本最大級“にゃんたま”様に出会ってしまった。撮影困難な生きる伝説にひれ伏す!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
大切な“お盆”は何を供える? 花屋がオススメする4選。ホオズキにはご先祖様を導く願いが
 もうすぐお盆がやって参ります。  お盆の時期は地方によって7月か8月に分かれますが、お盆とは、仏教でいうところの...
中年の会話は「あれ、あれ」のオンパレード。それでも“物忘れ”は悪くないと感じた女同士のとある会話
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
この夏「帰省しない」派は4割。理由は“夫の態度”にある? 妻が悩む2つのケース
 大型連休になると訪れるイベント、“義実家への帰省”。せっかくのお休みなのに、「帰省のことを考えるだけで憂鬱」という声は...
1時間の「孫を見せて~」攻撃がキツ…。電話魔の義母に妻がついた“大胆なウソ”
 令和を迎えた今の時代にも、姑の行動に深刻な不快感を示す妻もチラホラ…。一方、激しい対立をするほどの事柄ではなくても妻が...
神か? タクシーが来ず大ピンチ→おばちゃん登場! 25歳の女性が海外で救われた話
 日本とは違った体験や景色が味わえる、それが海外旅行の魅力。しかし、その“違い”が思わぬトラブルを呼ぶこともあるんです。...
【芸能クイズ】ある“美人女優”の発言、兄の恋人に「お前が挨拶しろよ」と言ったのは誰でしょう?
 テレビやネットでふと耳にした、あのひとこと。記憶の片隅に残る発言の背景には、ちょっとした物語があるのかも?  ネ...
90分間、尿意と戦った女性の悲劇。どこも“使用不可”…我慢できるか!? 日本と違う海外のトイレ事情
 日本とは違った体験や景色が味わえる、それが海外旅行の魅力。しかし、その“違い”が思わぬトラブルを呼ぶこともあるんです。...
島のスター!にゃんたま「小虎」に密着。その視線の先には何があるの?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
職場での“ため息”が気になる…かまってちゃん? SOSのサイン? 心理状態と空気を乱さない対処法
 職場で後輩がたびたびため息をついていると、「大丈夫かな?」と気になったり、「職場の空気が悪くなる…」とモヤモヤしたりし...
「どうにかなる!」自己肯定感つよつよ女の口癖8つ。根拠のない自信はどこから?
 自分の存在や状況、感情を認めてあげられる自己肯定感が高い人は、明るく前向きですよね。そんな人が羨ましくて「私もそうなり...
付録のレベル超えてる!「VOCE」9月号の“デパコス高級アイテム”で夏を過ごせるのだが
 最近メイクすらしない日々だったのですが、不意に撮られた写真に愕然…。あ、せめてちゃんとメイクしよう。そういえば美容雑誌...
セクシー女優のドレスで炎上。ウェディングフォト市場に“課金”する花嫁の心境とは。100万円プランも存在
 7月末、Ⅹで大きな波紋を呼んだのは、一般女性の投稿だった。結婚式の後撮りで着用予定だったウェディングドレスを元AV女優...