賢くなっていく娘に脅威を覚える
彼女にとって寝耳に水のことだったようだ。口の中に入れたばかりのお茶漬けを喉に詰まらせて、ケホケホとせき込んだ。
愛子が渡した水を飲んで、ゆっくりと咀嚼したあと、美愛は目をそらして口を開いた。
「受験はしたいよ。いまさらなぜそんなこと言うの」
「ならいいんだけど。よかった」
ホッと胸をなでおろす。半ば否定を誘導したような質問だったが、不安を解消するためにどうしても必要な回答だった。
「クラスだって、α1に入ることができたんだよ。もうすぐ志望校別特訓も始まるし、せっかくやる気になって、モチベを上げている最中なのに」
「そ、そうね」
小学生にもかかわらず、立て板に水のようにすらすらと言葉が出てくる美愛に脅威をおぼえた。彼女は夕食を終えると、風呂へと向かった。その後は少しだけ参考書を読んで、10時にはベッドに入ると言う。
理想通りではあるものの、やりすぎではないか。志望校に合格さえ、してくれればいいのだ。既に彼女は余裕で80%合格ラインは超えている。
そんな矛盾で混沌とした気持ちから逃げ出すように、愛子は鳩サブレの缶に入った刺繍枠を手に取った。
品のある女の子になって欲しい
刺繍をはじめたのは、つい最近だ。
美愛が頑張ればがんばるほど、置いてけぼりになる。手持無沙汰を解消しようと、カルチャーセンターの講座を探したところ、時間的に都合がいい刺繍教室を見つけたのだ。
純白のハンカチに、チクチクと針を入れ、愛する子の名前を刺繍する。横浜雙葉の学園祭で出会った、あの彼女のような、品のある優しい女の子になって欲しいという願いを込めて…。
「ママ」
気が付くと、風呂から上がってきた美愛が後ろに立っていた。
だいぶ長い時間湯船に浸かっていたようだ。頬は紅潮し、瞳もどこか血走っている。
「なあに?」
何が起きたのか――ただ事ではない気配を感じた。その予感は次の言葉によってすぐ答え合わせがなされた。
「私、やっぱり受験したくない」
【#3へつづく:共学なんてバカじゃないの! 暴走するお受験妻が「娘の反抗」でようやく気付けたこと】
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