仕事なのか、取引なのか
ギャラは封筒で手渡された。アルバイト数カ月に相当する大金だったが、喜びよりも後味の悪さが勝った。
その後も依頼は続いた。断る勇気はなかった。業界では「呼ばれて行かない=不義理」という暗黙のルールがあり、信頼を失うことは死活問題だった。
Bさんは「これは仕事なのか、それとも取引なのか」と葛藤しながらネタを披露し続けた。
広く報じられた「闇営業」問題
やがて事務所が“闇営業問題”に揺れる時期が訪れる。報じられるたび胸は締めつけられ、「あれは自分のことでもある」と思った。
過去の依頼が表沙汰になるのではと怯えた夜もあった。結局、30代前半で芸人を辞めた。
「笑いで人を幸せにするはずが、いつの間にか後ろめたさばかりが残った」からだ。
引退後、Bさんは普通の会社員となり、収入も精神も安定した。それでも芸人時代を思い出すと複雑な感情に襲われる。
ときに夢を追った日々が誇りに変わることもあれば、後悔に胸を締めつけられることもあるのだという。
「芸人にとって舞台は夢でした。でも裏側では“選択肢がない”という現実があった。断れば干される、受ければ後悔する。その板挟みの中で若手は苦しんでいた」
「笑い」に隠された業界のゆがみ
芸能界は華やかに見える。しかし裏には「笑い」とはかけ離れた現実がある。Bさんの話を聞くと、それは単なるスキャンダルではなく業界の歪みそのものだと感じる。
「営業に行く芸人を責める人もいる。でも責められるべきは“断れない仕組み”を放置してきた側じゃないかと思います」
Bさんの言葉は重い。彼のように去った人の声が届くことは少ない。だが、その証言は業界に残る“闇の慣習”を照らす記録だ。
「笑いで食べていきたい」という純粋な思いが、時に危うい世界へと芸人を導いてしまう。夢と現実の狭間で選ばされた選択は、私たちが想像する以上に苦しい。
表舞台で拍手を浴びる芸人たちの裏側に、こうした現実が潜んでいる。その事実を忘れてはならない。
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