葉加瀬太郎さん「釣りもステージも同じ感覚“鯛ラバ”のおかげでリラックスして演奏できる」
葉加瀬太郎(バイオリニスト・作曲家)
頻繁に釣りをするようになったのは、息子が5歳ぐらいになってからです。ジギングでブリやヒラマサを釣っていました。ただ、デカい鉛のルアーを使用するので仕掛けが重く、毎回筋トレをしているような感覚です。体力を消耗するし、楽器弾きにとってはリスキーで翌日は筋肉痛で演奏できないくらいでした。
5年ほど前に管理釣り場でニジマスのルアーフィッシングにどっぷりつかりました。1グラム程度のスプーンを投げ、だまして釣る。テクニックと知識が求められる繊細な釣りです。それでルアーフィッシングに目覚めました。その後、鉛の玉にネクタイと呼ばれるラバーを付けた和製ルアーでマダイを釣る「鯛ラバ」に挑戦し、以来、それしかしてません。
ルアーを海底に落として巻くだけ、キャスティングのテクニックは不要です。初乗船のド素人が大物を掛けることもしょっちゅう。単純が故に奥が深く、行き詰まることもあります。それでも釣れる人はコンスタントに釣ります。何が違うのか、探求したくなり、次のステージへと進むわけです。
ホームは香川県の高松市です。ここ2年連続で年間31泊してます。瀬戸内は鯛ラバの聖地です。マダイは潮の流れが速いところを好み、マダイしかいないんじゃないかというくらい釣れます。それだけ通い詰めているものだから「絶対、オンナがいるだろう」って言われますが、赤い魚ばかり追いかけています。
マダイは日本各地に生息していますが、海域や餌によって色も形も違います。この時期は海苔、あるいはイワシとか、食べている餌や天候や太陽光、海水温度、潮の流れ、季節によって仲間とどんなルアーを使用するか、考えます。
仲間のジイさんに「今日は何付けるの?」と聞き、「そうきたか」と感心することもしばしばです。最初から船の仲間が一緒のカラーで同じ攻め方をすると、答え合わせが難しくなる。まずはできるだけ皆違う色を選択し、捕食したルアーに合わせていきます。そのうち魚も同じルアーだと見切ってくるので、頃合いを見計らって替えます。その駆け引きが鯛ラバの面白さです。
脳みそがスパークし脳汁が出る
はじめの頃はスタッフに仕掛けを作ってあげたり、船の後方で酒を飲んで騒いでいるだけでした。それが途中から自分が一番鯛ラバの魅力にとりつかれ、今では釣りに集中して船の上では酒も飲まなくなるぐらい、ハマってます。年間の公演スケジュールに合わせ、移動日に釣行の予定を立てます。昨年は年間50釣行でした。ハナダイ、キダイ、コチ、ブリ、ハタ、クエがかかりますが、それがおいしい魚であろうが、高級魚であろうが、ボクにとってはすべて「外道」です。当然、マダイしかカウントしません。昨年は251匹の釣果でした。
マダイ釣りにしか分からない、上品で力強い引きが魅力です。どんなに小さくても「コンコンコン」という3段引きがたまりません。その瞬間、脳汁が出ます。はたから見れば、静かで地味な釣りです。よく「曲作りとか考えているのですか」と聞かれますが、そんな余裕はありません。さっきはルアーを海底に落として何巻き目で当たりがあったか、底から10メートルを集中的に攻め続け、飽きてきたらまた底まで落とし、魚にルアーをもう1回見せる。その繰り返しです。
自分が海の底を潜っている姿をイメージし、自らルアーにならないとダメなんです。スーッと上がっていたルアーがフワッフワッとなる瞬間があり、「マダイがルアーに気付いたな」と気配が感じられる。周囲をすべて海に囲まれ、リラックスした状況で脳みそだけがスパークします。その気持ち良さがたまりません。
コンサート会場で舞台から客席を見渡すと真っ暗で緊張感に包まれ、ドキドキハラハラして怖くなります。釣りをしながら同じ感覚になることが、何度もありました。バイオリンの弓が釣り竿に代わっただけで、近い感覚です。一日釣りをしてボウズになる恐怖と比べると、ステージの方がまだ安心感があります。お客さんから拍手をもらえるからです。釣りにハマったおかげで、楽な気持ちでステージに上がれるようになりました。 (構成=滝口豊/日刊ゲンダイ)
▽葉加瀬太郎(はかせ・たろう) 1968年、大阪府出身。今年、デビュー35周年を迎えた。バイオリニスト、作曲家、音楽プロデューサー。映画やドラマ、ニュース、バラエティー番組のテーマソングを手がけ、450曲以上を作曲している。
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