仕事から解放される自分が心地いい
――昨日は、仕事のことで頭が一杯だったのにな。
いつもと違う自分が心地よかった。私は、まだ、間違いなく28歳だった。
「好きだよ」
崇の声が耳元を撫でる。うん、うん、と頷くと、彼は私に覆いかぶさるように背中からぎゅうと抱きしめた。
照明が一瞬暗くなる。その隙にキスをして、お互いの存在を触覚で確認していると、ステージにSweetSetのふたりがやってきた。
「こんばんは。まずはこの曲からお楽しみください」
アコースティックギターとキーボードだけの簡素なステージ。
ベレー帽に花柄ワンピース。モッズスーツにストライプのネクタイ。あの頃と同じ衣装なのにどこかちぐはぐな違和感をおぼえながらも、それでも歌声は昔のままだった。
当時、CMソングに使用された懐かしの曲に思わず身体を揺らす。すると、演奏する彼らの背景に、観客の様子が映像として映し出された
初老のカップル…え、これが私たち?
あたかも、SweetSetのふたりが大勢の観客に囲まれて歌っているような光景だった。代々木公園のストリートライブ出身の彼ららしい演出である。
身体を揺らし、コロナの瓶を掲げ、懐かしい音楽に浮遊している人々。私も崇も、SweetSetの音楽の一部になって溶けている感覚だった。
――ふふっ。このカップル、なんか…どうなんだろ。
最前列に人目もはばからずいちゃつく初老の男女がいた。まだまだ若い気分ではしゃいでいる姿が微笑ましかった。あんなふうになりたいと思った。その一方で、どこか彼らに冷笑的視点を持っている自分もいた。
「お、俺たち、映ってる」
彼のささやきで、客観が自分に戻った。
「え?」
初老の男女。その正体が私たちだと気づいた時、サッと背中に冷たいものが走った。
「…あれが、私?」
枯れた花。重力に従った男女。薄暗い照明が、重ねた人生のしるしをさらに浮き彫りにしていた。
固まる。周りに目をやる。周囲も同様だった。疲れた目元、くたびれたスーツ姿、体型隠しワンピースで身を包み、全てが落ちついたいでたちの元・若者たち。歌う主役もそう。彼らに感じていた違和感の正体は、それだった。
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