帝釈天から始まる「TOKYOタクシー」は「男はつらいよ」ファンが歩んだ歴史をかみしめる作品

更新日:2025-12-06 17:03
投稿日:2025-12-06 17:00

 山田洋次監督、倍賞千恵子、木村拓哉ダブル主演の「TOKYOタクシー」が、公開初日から3日間で興行収入2億9300万円、振替休日を含めた4日間で4億円を突破するヒットになった。94歳の山田監督による91本目の長編映画が、これほど注目されたのはなぜだろう。

 作品の話題は多い。題材は、日本でも公開時にスマッシュヒットになったフランス映画「パリタクシー」(2022年)のリメ-ク。終活してついのすみかとなる施設へ向かう老婦人と、彼女を乗せたタクシー運転手の一日の触れ合いを描き、今回のリメイク版では老婦人を倍賞が、タクシー運転手を木村が演じている。また木村拓哉は「武士の一分」(2006年)以来、19年ぶりの山田作品への出演で、2人の新たなコラボレーションにも期待が集まった。さらに言えば、木村と倍賞は宮崎駿監督の「ハウルの動く城」(2004年)で声の出演者として共演していて、彼らのタッグも魅力のひとつ。

 主演の2人にインタビューする機会があったが、木村は「倍賞さんとは『初めまして』ではないので、自然に芝居に入って行けました」と言っている。「ハウルの動く城」のときには、すぐ傍に宮﨑監督や鈴木敏夫プロデューサーがいて緊張し、倍賞とはちゃんと話す余裕がなかったというが、今回はインタビューのときに2人が並んでいても、現場で仲が良かったことが伝わってきた。倍賞は木村のことを「ジェントルマンな人だから」と言っていたが、木村が常に倍賞のことを気遣って自分の身を置いている感じが、劇中の老婦人と運転手の関係性を思わせた。またそれは、「ハウルの動く城」のソフィーとハウルの関係性にも通じるところがあって、あの映画の“ふたりが暮らした”というキャッチコピーの通り、かつて映画で共にひとつの城で暮らすキャラを演じた2人が持つ、共鳴感が今回の映画には効果的に働いている。

 それだけでなく、「TOKYOタクシー」は山田洋次作品の中でも、特別な意味を持つ映画と言える。元々この企画は山田監督の、「もう一度倍賞千恵子さんと映画を作りたい」という願いから始まっている。それに合う題材を探して、「パリタクシー」のリメークに行きついたのだ。ここでは壮絶な過去を持つ、アメリカ帰りの老婦人という、「男はつらいよ」シリーズで演じたさくらのような、下町でけなげに生きる女性とはまったく違ったキャラクターに、彼女を挑戦させている。しかも、その老婦人がタクシーに乗車するのは柴又の帝釈天・正門前。これは「男はつらいよ」ファンならお馴染みだが、あのシリーズでは冒頭、寅さんの夢の場面から始まり、それが終わるとさくらが帝釈天の正門に自転車で来るところから物語がスタートする。その正門と別れを告げる場面から、今回の作品は始まるのだ。

 劇中ではその場に、老婦人の世話をしてきた笹野高史演じる司法書士がいて、彼が「またお会いしましょうね」というと、倍賞の老婦人は「無理よ、これで最後」を返すのだが、撮影時、テストで倍賞が笹野に温かみを込めて言葉を返すと、山田監督はもっとドライに拒絶するように言ってほしいと要求した。そのやりとりをタクシーの運転席で聴いていた木村は、この帝釈天の別れには特別な意味があるように感じたという。「男はつらいよ」の定番となっている場所に対する、倍賞の決別の言葉。それを言わせた山田監督の思い。そのことも思い合わせると、これは単なるリメーク作品ではなく、山田監督と倍賞千恵子が歩んできた歴史を背負った、ファンには見逃せない一本なのである。

(金澤誠/映画ライター)

  ◇  ◇  ◇

 金澤誠氏の映画・名優評は他にも。関連記事【もっと読む】「国宝」が22年ぶりに邦画歴代興行収入1位を更新 大ヒット作“20年周期”の法則…では、「国宝」をめぐるヒットの法則を分析。

エンタメ 新着一覧


あのちゃん、もうコミュ障じゃないでしょ。特番で見せた「普通の芸能人」への進化にガッカリ
 ブッ飛んだ不思議ちゃんキャラで人気を博しているアーティスト・タレントの「あの」ちゃん。  2021年、『水曜日の...
堺屋大地 2025-01-21 06:00 エンタメ
【おむすびにモヤっと】管理栄養士勉強中のテイで撮影抜け→既報の下関デートに繋がった放送回
 結(橋本環奈)の家に福岡でギャル仲間だったルーリー(みりちゃむ)が、突然訪ねてくる。  話を聞くと、勤めていた福...
桧山珠美 2025-01-20 17:30 エンタメ
イケメンな「NEXT中居正広」は誰? 即戦力、対抗馬、野球枠…余人をもって代え難しは幻なり
 あの中居正広(52)がこんなことになるなんて、誰が予想できたでしょうか。  昨年12月にソニー生命保険が発表した...
【おむすびにモヤっと】すべては結のおかげ、動かずして感謝されるヒロインの今後は?
 2012年1月17日。結(橋本環奈)は神戸で両親や商店街の人たちと17年前の阪神・淡路大震災の犠牲者を追悼して黙とうす...
桧山珠美 2025-01-31 16:57 エンタメ
【おむすびにモヤっと】結の出産も大震災直後の描き方もショートカットが凄まじい…米田家の呪いはどうした?
 テレビを見て、東日本大震災が発生したことを知る結(橋本環奈)たち。歩(仲里依紗)は被災の映像を見て呼吸が荒くなり、そば...
桧山珠美 2025-01-15 18:30 エンタメ
冬ドラマを調査!炎上騒動『べらぼう』への評価は? 『ホットスポット』や『御上先生』への期待も聞いた
 2025年冬ドラマが続々とスタートしました。まだ初回放送前の作品もあるなか、それでも今期のドラマに期待している人は多い...
【おむすびにモヤっと】“不揃い”な春キャベでロールキャベツ? 平成のバカップルにこうのとりが…
 2010年春、結(橋本環奈)と翔也(佐野勇斗)は大阪のアパートで新婚生活を始める。家事を分担しながら共働きをして公私と...
桧山珠美 2025-01-13 18:30 エンタメ
横浜流星は“まだ誰のモノでもない”感も含めて尊い! NHK大河が「べらぼう」に面白い
 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」がスタートしました。主人公の蔦屋重三郎を...
【おむすびにモヤっと】メンチ切り合った2人がなぜ? 見たいシーンを出し惜しむのが「おむすび」クオリティ
 結(橋本環奈)と翔也(佐野勇斗)は、保留とされていた結婚を進めるため2人が考えた生活プランを親たちに説明する。会社で初...
桧山珠美 2025-01-11 06:00 エンタメ
【おむすびにモヤっと】サザエさん風に「歩、スマホを買う」「結、節約に目覚める」「翔也、仕事する」の3本
 歩(仲里依紗)に、聖人(北村有起哉)がまた携帯電話を買ったのか問うと、歩はスマートホンだと答える。新しい出始めの商品に...
桧山珠美 2025-01-08 17:30 エンタメ
「べらぼう」初回、セクシー女優3人が裸死体姿に…AV業界人どう見た?「裸に意味を語らせる照明が必要」
 5日にスタートした横浜流星(28)主演のNHK大河「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」(NH...
【募集】冬ドラマ何見る?『べらぼう』『家政夫のミタゾノ』『日本一の最低男』など期待&ガッカリ教えて!
 コクハクでは2025年冬ドラマを対象としたアンケートを実施します。あなたが現時点で「楽しみにしている」ドラマ、そして「...
【おむすびにモヤっと】「プロフェッショナル」で壮大なネタバレ感!14週は元スケ番vs元レディースの様相
 結(橋本環奈)が糸島から神戸に帰ってきて愛子(麻生久美子)や歩(仲里依紗)が迎える。だが、一緒に永吉(松平健)と佳代(...
桧山珠美 2025-01-31 16:57 エンタメ
【2024年人気記事】伊藤健太郎は破局して正解! “小栗旬軍団”加入でバーター出演の機会にも恵まれる
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
【2024年人気記事】悪評だらけの天才、平手友梨奈が遅刻やドタキャンを繰り返す本当の理由
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
堺屋大地 2025-01-04 06:00 エンタメ
【2024年人気記事】松本人志はいまや「憧れの芸人」ではない。若手芸人が話す3つの理由
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
帽子田 2025-01-02 06:00 エンタメ