綾乃は彼女たちに追いつこうと、情報を調べたものの…
香那と共に帰宅後、綾乃はすぐにパソコンを開き、お受験教室や体操教室、そして私立小学校の学費を調べた。
「塾で月5万円…100万超えするところもある…。それをいくつもなんて」
年長クラスになると、志望校別のオプションがあるため、さらに数十万円単位での上乗せがあるという。
それに加え、もしどこかに入学が決まったとしても、学費は年間100万円はくだらない。全て私立なら、これが大学卒業まで続く。塾代や習い事代もさらにかさむ。
お付き合いや式のための洋服やバッグもそれなりのものを買わなければいけないだろう。背伸びをすれば何とかなる試算ではあるが、2人目はあきらめなくてはならない。
東京の空は高すぎる
――うちには難しいかも…。
綾乃がどんなに意地を張っても素直にそう思える額だった。
地元では名が知れた開業医の家に育った綾乃。両親に頼めば出してもらえるだろうが、公立優位の地方に育った両親にその考えは理解されるはずもない。夫は大手企業ではあるが所詮サラリーマンのため、今の会社にいる限りは収入が爆増するようなツテもない。
綾乃は試算が表示されたパソコンの画面の前で頭を抱えた。年収1500万円を超えるわが家であっても、手に届かないものがある現実が迫る。
そして、その先には自分もまだ知らない世界があることも。
『東京の中心に暮らす、ということ』――。
それは、空がとてつもなく高いという現実を知ることだった。
本当の富裕層との絶対的な違い
たまの贅沢品に手が届く程度で、ピラミッドの上位にいると自分は信じていた。本当の富裕層は、それが贅沢だと気づかない。贅沢品が日常なのだ。
小学校受験は当然で、民間の保育園に預けて、雇われで働きに出るという発想もない。
たとえ、それが「社会の中で自分らしくいるため」という言い訳があっても…。
何よりも悔しかったのは、彼女たちから自分が憐れみの目でみられている存在だったことだ。
綾乃が仕切ったグラハイのランチ会以降は、高柳さんの仕切りでカジュアルなファミリー向けレストランをセッティングされた。森さんが自宅をお茶の場として提供してくれるようになったのも、そういうことだったのだ。
自分も、地元やここに来る前は、周りの人々にあえて“降りて”接していた。だから、悪気がないのはわかっている。余裕があるゆえの他者への慈しみだ。
だけど、ここでは目線を降ろされる側にいる――綾乃は今まで感じたことのない焦燥感に絶望する。そこにいる自分が許せなかった。それがどんなに優しい世界であっても。
惨めさにもう耐えられない! 自分らしく暮らせる場所を求めて
◆
「ねえ、あなた。相談があるのだけど」
綾乃は孝憲が帰ってくるなり、小学校受験に関するホームページを見せた。孝憲がその費用について驚愕することは想定内だった。
「だから…この家を売るか貸すなりして、ベイエリアか小杉あたりの手ごろな物件に引っ越したらいいんじゃないかと思って。細かいことはこれから調べるけど、この物件、相当高い値段がついているみたいなの」
彼女たちの前で、惨めさを抱いたまま暮らすことが綾乃にとって耐えられなかった。
自分らしく、生き生きと暮らせる場所――そこは、周囲を悠々と見下ろせる場所だということを綾乃は実感したのだ。
「香那の将来のためなの。だから…ね、考えてみて」
綾乃は自分に言い訳をしながら、孝憲を説得するのであった。
もっともらしい理由を次から次へと紡ぎながら。
――Fin
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