喜びもつかの間、最悪なことが…
友梨佳は芸能人や政財界にも多くの顧客を持つ美容業界でも一目置かれる存在である。まだ30代前半であるが腕一つでこのサロンを人気店に押し上げた。
晴乃は美容専門学校時代、1日講師をしにやってきた彼女の教えとその美貌にどっぷりと魅せられ、その場で弟子入りを志願した。それくらいのカリスマだ。
鼻歌を歌いながら晴乃はベランダに出る。夜風が心地いい。母親に明日のテストの報告をしようと、スマホを見つめる。嬉しさで、手は震えていた。
すると突然、どこからかサイレンの音が聞こえてきた。ビクッと肩を揺らす。
「――あ!!」
そのはずみでスマホは右手をすり抜けて、暗闇へ消えていった。
少し遅れて、鈍い音がした。
階下へ取りに行くと、幸い機能は生きていたが、画面にはクモの巣のような亀裂が走っていた。なんとかすれば使えるが、なんとかしないと使えない状態になっているAndroid。3番目の兄から上京時にお古を譲り受けたものだった。
そのショックもあり、翌日のテストは散々だった。
もう召使いから抜け出せないの?
友梨佳曰く、「技術は身についているが、ところどころが雑」ときつく苦言を呈された。自覚がある分、その指摘は胸の奥深くまで突きささった。
当然、晴乃は引き続き受付対応に専念という結論を下される。
「予約の倉持まひなでーす」
こういう時に限って、朝一はあのお客様だった。相変わらず華美な装いで、ピカピカのネイルがまぶしい。また違ったアクセサリーを身に着けている。
この世の全てを手に入れているような自信満々な笑顔を向ける彼女。切り替えようと、晴乃は全ての感情を押し殺して微笑んだ。
「お待ちしておりました――」
だが、言葉が詰まる。まひなの姿はいつも好奇心で舐めるように眺めているのに、今日だけは目をそらしたくなった。
――しょせん、召使いはいつまでたっても召使いのまま…。
視界が涙で歪む。
彼女が初めての自分の顔をじっと見てくれたような気がした。
【#2へつづく:「ギャラ飲み」にハマった女子が港区で受けた洗礼。富裕層のニヤつく視線のワケは】
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