芸人を志す若者が集まる街だった
西大井は、正直言うと何もない。駅もあるのに、なぜか「陸の孤島」という呼称があるほどだ。
最近でこそ夫の勤務する大手企業が移転してきて、社屋が名物のようにはなっているけど、住宅と必要最低限のチェーン店が並んでいるだけの街である。電車好きの息子は新幹線が毎日見えるから楽しいとは言っているが…。
この何もないこの街に、何者かになろうとした若者たちがかつては夢を追いかけて集まっていたなんて、今となっては信じられない。
「みんな、ご飯できたからおいで」
準備しておいた夕食をテーブルに並べながら、ゲームの結果に一喜一憂する家族に呼びかける。今日のメニューは野菜たっぷりの味噌汁に、カボチャの煮つけ、子どもが大好きな白身魚のフライとメンチカツだ。
「いただきまーす」
おいしそうに頬張る家族の横で、私はリビングのソファに身体を預け、スマホを手にした。夕食は残り物で十分。これは決して母親の自己犠牲ではない。3食摂取しているだけで肉がついてしまう年頃だから。
<SMILE♡すみれ>と名のついたすみれのページを開くと、記憶と変わらない彼女の笑顔がそこにあった。プロフィールも当時のまま。コミュニティ一覧によると、彼女は当時ダウンタウンに心酔していたらしい。はたして今もそうなのだろうか? ログインは1時間以内との表記があった。
<midorikko>こと翠は、プロフィール画像がワインボトルと赤ワインが注がれたグラスに変わっていた。あの頃は確か、空を見上げる横顔の写真だったはず。最終ログインは3時間以内。そのプロフィール欄の充実ぶりから、今もこの地を頻繁に訪れていることがうかがえる。
――さみしいんだな、みんな。
家族のにぎやかさの中で、彼女たちに感情を寄せる。2人とも年賀状のやりとりはあるが、今も私の知っている苗字のまま。おそらく独身だろう。
すぐに決まる予定。2人とも暇なの?
『コメント嬉しい! 会いたいね。近々集まろうよ? 同窓会しよ』
何の気なしにコミュニティに投げかけると、30分ほどで2人のコメントがついた。
『いいね~』と、すみれ。
『来月の土日であればいつでもいいよ。後半は仕事の出張日程が見えないから前半が嬉しい。8日とかどう?』と翠。
そして、『さっそく(笑) 私は大丈夫よ』と、すみれ。
思いのほか、すんなり調整ができた。
2人とも、そんな暇なのだろうか。
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