「時代に挑んだ男」加納典明(47)「笠井紀美子は過去1、2」 個性的で雰囲気があって頭も歌も良かったジャズシンガー
【増田俊也 口述クロニクル】
作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。第1弾は写真家の加納典明氏です。
◇ ◇ ◇
増田「笠井紀美子さんとどこで交遊があったんですか」
加納「昔、六本木に『マックス・ホール』っていうジャズクラブがあってね。オーナーは、もう亡くなったけどマキノ正幸といって、後に沖縄に移住してアクターズスクールを開校したんだけど、俺はマックス・ホールをやってた頃に知り合ったんだ。そこのピアニストが世良譲 トラでたまに大野雄二も来ていて、シンガーが笠井紀美子だったんだよ。俺は3年だか4年、いや、5年くらい知り合いだったけど、俺の歴史の中では、すごく印象に残る女だった」
増田「雰囲気がある人ですよね」
加納「あったね。当時の日本のジャズの最先端をいってた。カネがうんぬんではなくて芸術的に最先端。ただ、あまりポピュラーなレコードは出さなかったし、そういう活動をしなかったというか、周りにそういう環境がなかったというか」
増田「一時期は結構トップでしたよね?」
加納「そうそう、何と言っても雰囲気があってかなりのレベルで魅力に富んでいた」
増田「彼女が加納さんのお付き合いされた中でも、特に強く印象に残っている方なんですね」
加納「そうだね。知り合った女性では過去1、2だね」
増田「理想の女性像に近いということですか」
加納「うん。だけど、女性の“理想系”なんてないじゃない? 結局、自分がイメージするものは、出会い頭の誰かだったりする。その関係の中で作られていくもので、そこに感じるものの質や量が大事なんだよね」
増田「笠井さんは、単にビジュアルがいいというだけじゃなくて、全体の雰囲気も含めて“理想に近い”ということなんですか?」
〝国籍不明〟の魅力
加納「歌も良かったしね。それに頭がいい。もちろん馬鹿ではなかったんだけど、うん、そういうことじゃない。そんな単純な話じゃないんだよ」
増田「個性的な女性ですよね」
加納「そうですね。非常に個性的」
増田「ちょっと検索してみましょうか」
加納「うん。どんなのがある? 見せて」
増田「例えばこういうの、これはアルバムの」
加納「うんうん、そうそう、これもよかったね」
増田「当時の彼女の写真を見ると国籍不明というか、そういう雰囲気ですね」
加納「そうだね。伊豆に連れて行って1日か2日ロケして写真を撮ったことがあるよ。彼女と写真集を作ろうかという話も出たけど、結局作らなかったんだ。でも、そういう写真は残ってるよ。彼女に関してはヌードは撮ってないけどな。超一流と呼ばれるジャズシンガーというよりは、前面に出るようなタイプじゃなかったんだよね。そこがよかった」
増田「阿川泰子さんとか美人ジャズシンガーが注目されるちょっと前に活躍されたんですよね」
加納「阿川泰子は俺は、正直、女性としての魅力はなかなかだけど、笠井とは違っていた。まあ、彼女を全部知ってるわけじゃないけど、そういう形でしか残ってないな」
増田「笠井さんは、カメラマンと被写体という関係から恋人関係に発展したというよりは、マックス・ホールで遊びに行く仲だったんですか?」
加納「まあ、そうだね。毎日飲みに行ってたからね。そこで、彼女が歌うのを聴いてたんだよ。悪くなかったよ、店の空気も。そこで『FUCK』の展覧会みたいなものもやったんです。ニューヨークから帰ってきて、35ミリのスライドを2台のプロジェクターでパパッと照らしてね。その時、いろんな文化人が来てたんだ。もう大物ばかりだったけど」
(第48回につづく=火・木曜掲載)
▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。
▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。
(増田俊也/小説家)
エンタメ 新着一覧