#3「バカにされてる?」元彼のイヤミがつらい。女が椎名林檎を歌う理由

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-10-21 06:00
投稿日:2023-10-21 06:00

【阿佐ヶ谷の女#3】

#1#2のあらすじ】

 阿佐ヶ谷のスナックに勤務している紘子は、役者を目指しながらもくすぶっている日々。そんな彼女のストレス発散方法は、かつて所属していた人気劇団「芝居衆団パプリカ色素」の悪口を、匿名で投稿することであった。

 そんな中、勤務するスナックに見覚えのある男がやって来て……。

  ◇  ◇  ◇

 その男は、生田陽士であった。

 パプリカ色素の現役団員で、紘子と過去、身体を重ねたこともある彼。今は、バイプレイヤーとしていくつものドラマに出演する個性派俳優だ。

「卒業以来だよね」

 あの頃と全く変わらない屈託ない表情。

憎い存在? わざわざ来てくれた“昔の男”

 劇団内では三枚目扱いだが、よく見ると目鼻立ちが整っており、スタイルもモデルを思わせるほどスラリとしていることに紘子は改めて気づく。

「びっくり……。来るなら教えて欲しかったな」

 画面や舞台越しだと、あれだけ憎い存在であった陽士。だが、本人を目の前にすると、なぜだろう、徐々にその感情が溶けていくのが分かった。

 ずいぶん調子のいいことだとは理解している。

 だけど、自分の存在をいまだ気にかけてくれていて、こんな台風の日にわざわざ来てくれた――うれしくないわけはない。

「もちろん。久しぶりすぎる!」

「だよね。よかった。じゃ、飲み物もらおうかな」

 陽士は1杯だけ、と言いながらもボトルを入れてくれた。しかも、店で一番高い知多のウイスキー。

 紘子は緊張と期待感に震える。それでも平静を装いながら水割りを作り、彼に手渡した。

鼓動の高まりを押さえながら交わす会話

「きょ、今日はこのために来てくれたの?」

「もちろん。結城から、紘子が阿佐ヶ谷でスナックのママやっているって聞いてから、絶対に行かなきゃって思ってさ。オフの今日に」

 結城とは、大学の同じ学科の同級生で、彼と親しかった男だ。現在、大手広告代理店勤務のその男は、密かに青椒ロンリネスのアカウントのフォロワーでもある。

「スナックのママって言っても、一応、今も事務所に所属して、女優は続けてるんだけどな」

「うそっ。てっきり辞めたとばかり」

「こう見えて、細々とやってるのよ」

 どんなに一生懸命小さな実績を作っても、所詮他人にとっては、ないものと同じだということが身に染みる。

スポットライトを浴びる男とモブ役の女

 地上波のドラマに出ても名前のない、すなわちモブ役ばかり。現実世界でも同じような役回りだ。脚光を浴びる者たちの周りにいる、引き立て役にもなれぬ一般市民のひとりにすぎない。

 最近は、オーディションを受けたり、仮押さえに応じるのも面倒で、告知できるような実績は全くない。

 話題を探して口ごもっていると、彼から発せられたのは他人事のような言葉だった。

「へぇー。まぁ、がんばってよ、細々と」

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「会社行きたくねえ」がマシになる!? BGMは中島みゆき、ログインボーナス…社会人の神ワザ5連発
 職場に苦手な人がいる、業務がきつい、通勤時間が長い…毎日の仕事がつらいとき、あなたはどうやって乗り越えていますか?  ...
【女偏の難読地名クイズ】「女影」って何て読む?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
「でも、だって」の嵐で話が進まん! 距離を取りたい人の特徴8つ。クレームが生き甲斐って楽しみないの?
 皆さん、どのような人を見ると「ちょっとお近づきにはなりたくないなあ」と思いますか?  今回は世間の声とともにその...
えっ、夏の“汗染み対策”を27%がしてないの? 最低限やっておきたい4つの方法
 夏のお悩みといえば、洋服の汗染みですよね。外をちょっと歩いただけで、脇や背中がぐっしょり濡れて洋服にも汗染みが出没して...
ごめん、私が悪かった…友達に嫌われたLINE3選。「彼氏のために迷惑かけるの?」ってごもっとも!
 今回ご紹介するのは、友達をなくすことになった原因のLINE。失いたくない友達がいる人こそ参考にしてみてください。
お客様は神様…じゃないよ! 地獄の“カスハラ”5連発。「400万払え」の脅しで転職に追い込まれ
 接客業をしているとお客さんから理不尽なクレームを受けたり、必要以上のに暴言を吐かれたりなど、カスタマーハラスメントを受...
一目惚れした“にゃんたま”様に会えるかな、美しい島で奇跡の出会い。ふと見上げた先に…いた!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「最後の命を燃やしてるみたい」海中カメラマンの話に植物の“終わり”を思う。花が教えてくれた“命”の使い方
 「やっぱり生態系が崩れていると実感する」  猫店長「さぶ」率いる我がお花屋に、沖縄の友人が数年振りに遊びにやって...
おばさんが目撃した「奇妙な痴漢」。若い女性を守るため、どうするのが正解だった?
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
令和の嫁は泣き寝入りしない! 姑への仕返し経験談4つ「私への暴言を録音して流しました」
 息子を奪われた気になって、嫁に嫌がらせをしたり嫌味を言ったりする姑は令和にもいるものです。  しかし嫁たちだって...
SNSの誹謗中傷、なぜするの? こじらせアンチ勢の心理8つ。冗談のつもりが攻撃に…
 SNSには匿名であることを利用して、批判や否定、誹謗中傷のコメントなどを繰り返す人がは一定数いるものです。そんな“アン...
ちょ…「パチンコ通ってそう」ってどういう意味!? 身近な女のイラつくLINE6選
 口調や仕草で可愛らしさをアピールする「痛い女」に、気遣いができない「自称サバサバ女」。女の敵はやっぱり女? あなたもこ...
にゃんたま総長、おやつをどうぞ! 猫族の頂点に君臨する風格はさすがです
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第102回「夏のバカンスだワン!」
【連載第102回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽの...
【漢字探し】「妍(ケン)」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
夫の「相手」と直接対決した結果…妻が抱いた不思議な感情。ベッドでありえない“未来”を夢想する夜
 亜理紗は夫・慶士の不自然な泊り大阪出張の真相を探るべく、浮気相手である女のインスタを見て、大磯のプールリゾートへやって...