【立川の女・黒澤麻美30歳 #1】
JR立川駅から徒歩で20分ほど。立飛のららぽーとからも、モノレールの駅からも、微妙に遠い住宅街の狭小住宅が麻美の現在地である。
午後3時。隣の家に接近する小さなベランダで、麻美は1日1本と決めている煙草を消しながら、重い腰を上げた。
「そろそろ、すずのお迎えの時間……」
6年前、麻美は電機メーカーに勤める夫・文隆と結婚。現在はそれを機に購入した5000万円ほどの建売戸建てに住んでいる。
可もなく不可もないちいさなお城。だが、かつて目黒のマンションに住んでいた麻美にとって、如何せん刺激が不足していた。
この街・立川は確かに緑も多く、生活するに事欠かない。
現在、4歳の娘の子育てをするには最適の場所であると思う。
「ママー」
バスの送迎地点である公園の駐車場で、麻美は最愛の娘・鈴音を出迎えた。
「先生、ありがとうございます」
「鈴音ちゃん、今日もみんなの前でお歌で楽しませてくれましたよ」
「プリキュアのうた、うたったの!」
麻美によく似た大きな瞳と愛くるしい表情で微笑む鈴音。
彼女は幼稚園でも愛嬌の良さで人気者だという。教諭やママ友からも「本当に可愛らしい美人さんね」と毎日のように声をかけられ、いつもご機嫌だ。
「すずね、大きくなったらアイドルになるの」
鈴音は人気アニメの主題歌を舌ったらずな言葉で歌いながら将来の夢を告げた。その様子は無邪気そのものだ。
母が、かつてその存在であったことを知らずに……。
アイドルブームの中、武道館に立ったことも
《たわらば@まみりん》。それは、麻美がかつて名乗っていた名前だ。
17歳から23歳まで彼女は、大手芸能事務所に所属するアイドルグループ『TOWER LOVER』、略して“たわらば”の一員だった。
加入した2010年頃は、AKB48をはじめ、ももいろクローバーZやSUPER☆GiRLS、ぱすぽ☆など、女性アイドルグループが乱立し、戦国時代と呼ばれていた時期。
麻美の所属する“たわらば”も、そのうちのひとつ。そこそこ人気で、武道館に立ち、飲料メーカーのCMにグループで出演したこともある。
10人組のグループ内では、3、4番手の人気のメンバーでそれなりのファンもいた。
しかし、ブームが去って人気が低迷し、解散コンサートを迎えると……。
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