#1 夢を諦めきれない32歳の女。高円寺で燻る芸人らと酒に溺れる日々

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-12-17 16:55
投稿日:2023-12-16 06:00

【高円寺の女・浜口沙恵32歳 #1】

 この街は、まるでネバーランドだ。

 いつもの店に行くと、いつもの仲間がいて、相変わらずのバカな話で盛り上がれる。

 タバコと酒を生き甲斐とした、少年の心を持った人間たちが笑顔で過ごせるここは楽園。

 それは、私がこの街に初めて足を踏み入れた12年前から、全く変わらない世界で――。

 高円寺・深夜0時。

 ライブ終わりに暖簾をくぐると、ヤツらが今日も奥の指定席に陣取っていた。

「沙恵ちゃんじゃない。今日ライブだったんでしょ? どうだった」

「ふつー。知り合いのイベントで一曲うたっただけだし」

 沙恵ちゃん、というのは私。浜口沙恵。

 ちゃん呼びされて、後輩女子みたいな扱いをされているが、現在32歳だ。

深夜に安酒をあおる、高円寺の面々

「ま、ともかくお疲れさん!」

 ハイボール大ジョッキを掲げて乾杯の音頭をとるのは、39歳でギター弾きのナベさん。同じ音楽関係だが、出会いは仕事現場ではなく、ここ高円寺の飲み屋である。

 ともに卓を囲むのは、芸人さんのたかぴーとユウくんだ。彼らの年齢は知らないが、私より年上だと聞いた。

 今晩はたまたまこのメンツだが、他にも入れ代わり立ち代わり、別の芸人さんとか、音楽関係とか、役者さんとか、さまざまなメンツがこの店に集まってくる。

 最長老は多分、志島さん。年齢不詳で何をしているかわからない人だけど、JRをいまだ国鉄というくらいだから60は過ぎているだろう。ベビーフェイスが溶けたような顔の謎おじさんで、いつもカウンターに陣取り私たちを見守っている。今日も、そう。

 みんな30をゆうに超えているが、0時以降もこうやって安酒をフラフラ飲んでいることから、それぞれの置かれている状況は察してほしい。

燻(くすぶ)り合うもの同士の暗黙のルール

「たかぴー、この前、テレビ見たよ。深夜のネタ番組」

 私は席に座るなり、たかぴーに声をかけた。彼は、恥ずかしそうにボウズ頭をかく。

「あざっす。激スベリだったんで、いっそカットしてほしかったんすけどね」

「えー、おもしろかったのにー」

 確かに激スベリと表現するだけあって、正直微妙なネタだった。

 だが、言われて嫌なことは他人にも言わないのが、燻(くすぶ)り合うもの同士のルールである。

 たまに酒が進んだ時、自分のことを棚に上げた誰かから「だからお前たちはダメなんだ」と説教をされることはあるけど、まあそれは酒の席での無礼講だ。

 自分たちがダメなことは言われなくても十分わかっている。だから、何も響かない。

 それでもこの街は、いつまでもそんな私たちをまるごと包み込んでくれる優しさがあるのだ。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


母親は夢を諦めなきゃダメですか?夫を「支えてあげて」の言葉が悔しい
 かつて漫画家を目指していた夫婦の絵里奈と拓郎。双子の子供ができたことを機に、夢を諦め堅気の生活をしている。  夜...
浮気より酷い夫の裏切り SNSには私の知らない「もう1人の彼」がいた
 かつて漫画家を目指していた夫婦の絵里奈と拓郎。双子の子供ができたことを機に、夢を諦め堅気の生活を暮らしている。 ...
妊娠妻の電話に出ない…いまだ夢見る漫画家志望の夫とワンオペ妻の軋轢
 初夏の印象が霞むほどの汗ばむ陽気の午前中。  林絵里奈は井の頭公園の池のほとりのベンチに腰を掛け、在りし日のデー...
「晩ごはん何?」焼肉、すき焼き却下でもやし炒め! 家族間攻防LINE3戦
 仕事で疲れて帰宅した時、一番楽しみなのは晩ごはんですよね! とはいえ、主婦としては毎日の晩ごはんのメニューを考えるのも...
【ファミマ】コンビニ衣類正直レビュー、ショーパンゆる履きはOKだけど
 ファミリーマートとファセッタズム(FACETASM)のデザイナー落合宏理氏が共同開発した衣類「コンビニエンスウェア」。...
【独自】すいかばか初の“夕方専用すいか”、気になる出来栄えは?
 すいか生産量全国47位、ごくごくレアな山梨県ですいか作りに情熱を注ぐ「寿風土(こどぶきふうど)ファーム」代表の小林栄一...
インフルエンサー退職願望のアラフォー、“発信=スキル”なる大きな勘違い
 普通の会社員を続けることに不安を感じる女性が増えています。周囲に自分の才能を活かして稼いでいるがいると、「自分も何か発...
職場やママ友“ケチな人”との付き合い方5選 1円単位で文句ブーブーは勘弁
「この飲み会、私はあまり飲んでないから、あなたたちが多めに払ってくれるよね?」「ここの料理、5,000円もするの? え〜...
背徳感がたまらにゃい♡ ガラステーブルの下から見る涼し気“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
夏場の観葉植物、様子が変!間違った育て方、救済法、最新便利グッズまで
 危険な暑さが続く夏。猫店長「さぶ」率いる我が愛すべきお花屋は古い平屋の建屋のため、エアコンをフル活用しても、毎日が熱中...
きっと、夫も気付いていた…40女が長年の“腐れ縁”にケリをつける日
 実は筆者には、結婚前から長く続いている“腐れ縁”があります。その相手を仮にP氏とします。
くねくねコロンは信頼の証♡ 無防備な“たまたま”をガン見しちゃおう
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
目的地は決めてない 見知らぬ町を深夜にふらつく解放感
 終電が終わって、深夜の踏切はしばしの休憩。また朝から大忙しだからね。  こちらは明日は予定もないから、見知らぬ町...
【難解女ことば】「婆」の部首はさんずいではない。正解は?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
母と夫がまさか…流行りの性格診断で腰抜かす『16Personalities』が怖い
 SNSのプロフィールに診断結果のアルファベットを入れたり、それぞれの性格をコンテンツにまとめたりと、若者を中心に流行し...
2024-07-06 06:00 ライフスタイル
玄関でモワ~ン、子供の足が臭い! 家庭で簡単にできる3つのニオイ対策
 子供が成長するにつれて気になってくるのが「子供の足の臭い」です。特にスポーツをやっている子供や、汗をかきやすい夏などは...