楽しいママ友会が一転、綾乃の何気ない一言で…
「これ、秀斗と一緒に作ったクッキー。よろしければどうぞ」
ある日のレッスンの後、いつものように森さんの家で談笑をしていると、佐橋さんが可愛らしいクッキーを綾乃たちに出してくれた。
「手作りが苦手な方は遠慮していただいても大丈夫よ。秀斗が後先考えずに大量に作っちゃって、うちも食べるのが大変なの」
そう彼女は言うが、可愛らしいアイシングのクッキーはお店でも出せるレベルの出来であった。
これを、4歳の息子と作ったというのが驚きである。
「一緒にお料理なんて、さすが料亭の家のお子さんね」
何気なく綾乃が言うと、高柳さんが不思議そうに目を丸くした。
「あら、香那ちゃんはママと一緒にお料理をされないの?」
「…?」
質問の意味がわからず、綾乃は口を噤(つぐ)んだ。
香那はまだ年中の4歳児なのだ。周りの子たちも同じなはず。クッキーを母親と共に作るだけでもすごい、という素直な感想であった。
ママ友たちの話題に抱いた違和感
すると森さんと高柳さんが何かをフォローするように会話に入ってきた。
「佐橋さん。うちもね、包丁が怖いって、キッチンに入ろうとしないの。お野菜の断面とか、実際に見せておきたいのに」
「まぁ…お料理の工程も見なきゃ覚えられないのにね」
その会話に相槌を打ちながらも、目の前で繰り広げられる話題の内容に、綾乃はピンとこなかった。
子供と料理をすることが社会教育の一環だということは理解できる。ただ、それが当然である前提がよくわからないのだ。
しかし、そこで佐橋さんが放った言葉で綾乃は合点した。
「時間はまだあるじゃない。それに、本当に面接や考査に影響するかもわからないでしょ?」
避けることができない小学校のお受験
――面接や考査って、まさか…。
香那が生まれた頃に何気なく目にしたテレビ番組で、小学校のお受験について語っていた専門家の話を思い出す。
小学校受験、すなわちその面接や考査においては、お手伝いなど「両親と共に家事などのお手伝いをする」というのが、合格のポイントになるとその人は言っていた。
その時は、子供が乳児だったため遠い世界のこととして見ていたが、この界隈においては、避けることができない現実なのだ。
それを会話の糸口に、森さん、高柳さん、佐橋さんは、堰を切ったように受験の話題を語り出した。
「まだまだって言っても、夏には見学会も始まるでしょ」
「上の子で経験したけど、年長になったら本当に何もかもあっという間よ」
聞けば3人は、この知育教室とは別に受験対策塾に通っているらしい。そんなことは初めて耳にした。皆、専業主婦にもかかわらず、土曜のクラスに通っているのも、平日は他のレッスンで忙しいからという理由だった。
「…」
3人の会話に置き去りにされた綾乃に、藤堂さんが微笑みかけてきた。
悔しまぎれの一言が…
「鈴木さんは、小学校受験はスルー組よね? うちも実はそうで…」
それは、彼女の気遣いだ。だが、どこか悔しかった。
「あ…実は私も、一応国公立とかいくつかは記念受験しようかと思っているんです。子供はのびのびと育てたいけど、もし受かったらラッキーかなって」
勢いで話してしまったが、半分は本気の言葉だった。
今は置いてけぼりであるが、これから頑張れば小学校受験くらいなんとかなりそうだと。我が家には、その価値があるはずだからと。
しかし、盛り上がっていた3人の会話が急に止まった。
「記念受験…?」
綾乃は、場の空気がよどんだことを一瞬で感じる。
その意味は会が終わるまで誰も教えてくれなかった。
【#3へつづく:『有名小学校を記念受験』その言葉がNGだった意味とは…】
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