工場での単純作業は悪くないが…恋愛経験ゼロの女に起きた“タグ付け事件”

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-02-10 06:00
投稿日:2024-02-10 06:00

嫌なことがあっても、フォロワーたちは優しくて…

 そんな憂鬱なことがあっても、工場での単純作業は気持ちのリセットに向いていた。

 終業チャイムが鳴るとともに、今日こそは珈琲芳村に行こうと、かおりは即作業場を後にした。

 打刻機にカードをスキャンし、無事、誰とも会わず自転車置き場についた。今日はゆっくりお気に入りを味わうことができると胸をなでおろす。

「…あれ?」

 時間を確認しようとスマホを見ると、ディスプレイには、今まで見たことのない通知が並んでいた。

 Instagramのフォロー通知だ。

 その数に目を見開く。なんと100を超えるフォロワーが新規に増えていたのだ。

有名人との相互フォローに夢心地

『ごめんなさい、勝手に投稿にタグ付けしちゃいました。ご迷惑かけていたら申し訳ありません』

 届いたDMによると、どうやら、ファッションモデルのkonokaさんにかおりのアカウントがタグ付けされた結果のようだった。

 シフォンケーキが好きだという彼女。ファンの質問に答えるような形で『この方の投稿でシフォン情報を収集しています』と紹介してくれていたのだ。

――konokaさんって、アーティストのPVやスマホのCMにも出てるコだよね。

 ほとんどテレビを見ないかおりでさえも知っている存在だ。そんな有名人が認知してくれた、それだけでも嬉しかった。

『ぜひぜひ。ありがとうございます』

 珈琲芳村に駆け込み、慌てて返信する。やり取りは弾み、konokaさんとは相互フォローし合うことになった。

 季節を先取りしたストロベリーのシフォン。

 中深煎りのヨーロピアンブレンド。

 おいしかったけど、じっくり味わえる精神状態ではなかった。フォローは分ごとに増えていくから。

 その後、瞬く間に、かおりのアカウントのフォロワーは1万人に達したのだった。

春が来た…幸せな気分に酔いしれて

 3カ月後のとある火曜日。

 かおりが10時に家を出ようとすると、信美はビックリした様子で呼び止めた。

「かおりちゃん、今日、お仕事遅出なの?」

「有給だよ。泊りで京都に行くって言ったじゃない。あのあたり、おいしいシフォンの店がいくつもあるらしくて」

「まぁ…勉強熱心なこと」

 フォロワーは1カ月後には5万人に達した。PR案件のお誘いやwebメディアからの問い合わせも来るようになった。

 ささやかではあるが、金銭的な余裕も持てるようになってきた。

 いつの間にか、平坦な日常生活がうねりのあるものに変わっている。

 この東京の片隅で36年、静かに生きてきた。自ら主張するほどの自信はないけれど、密かに、誰かに見つけられたかった。

 突然、春が来た。

 そんな幸せな気分が、かおりの毎日を彩り始めていた。

#3へつづく:気がつかなかった自分の可能性に目覚めたかおりは…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


10年分のカネの流れが怪しい。会員数が集まり⼤喜びしたのもつかの間…
 本コラムは、地元の“幽霊商店会”から「相談がある」と言われ、再始動の先導役を担う会長職を拝命することになったバツイチ女...
円満退職に必要な最低限のマナー6選、「立つ鳥跡を濁さず」は社会人として当たり前!
 終身雇用の時代は終わり、今では6割の社会人が転職経験ありだというデータも出ています。読者の皆さまのなかにも、「転職しよ...
更年期、それはある日突然に…45歳女の体が『倦怠感で満タン』になった
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まった老...
生理前を穏やかに過ごすご機嫌アロマ術【調香師が解説】タイプ別おすすめの香り・精油・香水は?
 女性の体は生理が近づくとホルモンのバランスが崩れ、精神的なイライラや落ち込みに加え、むくみや便秘、疲れやすさなど、PM...
兄弟姉妹なのになぜ不仲? 怒る前に知っておきたい原因5つと対応策3つ
 子育てをしていると、兄弟姉妹の不仲に悩む人が多いですよね。一体何が原因なのでしょうか? また、自身が親になっても兄弟姉...
思わず二度見!『バブ』新商品・MEGA級のボコボコ泡の実力は? 自宅の風呂がジャグジーになるのか
 話題のコスメや、広告でよく見かける化粧品や日用品。「webでよく見るあの商品、本当にイイの? 」「買ってみたいけれど、...
手のぬくもりとともに
 自然と手を合わせるときの気持ちって、  みんな、おんなじだよね。
実りの秋! 澄みわたる青空の下“たまたま”狩りに出かけませんか?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
女と水がいっぱいだ…『娑婆』は何て読む? ヒント:「娑婆はいいな」
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
ほっこり癒し漫画/第83回「迷いインコ歌をうたう 前編」
【連載第83回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
中目黒「ダコー」はまだ大混雑? 代官山「無印良品」新店はオサレな店員さんだらけだった!【秋の東京散歩】
 8月のオープン時には話題を呼び、大行列をなしていた中目黒のパン屋「ダコー(dacō)」。あれから2カ月が経ち、やっぱり...
下世話な仕事がバレた? 夫や息子の「意外な反応」で主婦が気づいたこと
 大崎の高層マンションに暮らす華は、テレビ局に勤める夫・大輔と二人の子供に囲まれ悠々自適な専業主婦生活を送っている。毎日...
地味な女に負けた? 夢を諦めた“こたつライター”の「プライド」が砕かれるまで
 大崎の高層マンションに暮らす華は、テレビ局に勤める夫・大輔と二人の子供に囲まれ悠々自適な専業主婦生活を送っている。毎日...
私の「仕事」は夫に内緒。専業主婦が下世話なゴシップにのめり込むワケ
 夫を仕事に、ふたりの息子を小学校に送り出してからが、自分の時間だ。  長時間かけて丁寧に淹れたブルーマウンテンを...
プロ作家・村上龍先生をリスペクト。64歳のプロ童貞が語る「自己啓発本を好きなこれだけの理由」
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(64)。多忙な現役時代を経て、56歳...
「#男児ママ」トレンド入り 小学校低学年の息子が大浴場で誰かに触れて問題になったら?【弁護士解説】
 9月末、X(旧ツイッター)で「男児ママ」がトレンド入り。これは男児を銭湯や温泉、または女子トイレに連れてくる男児の母親...