私の時給はパフェより低い…置き去り氷河期世代の苦悩「感覚死んでる」

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-06-08 06:00
投稿日:2024-06-08 06:00

「舐められますよ」年下女子からの目線が痛い

「お疲れさまでした」

 レジ〆作業をしていた由紀の背中の奥に、鈴音の声が遠く聞こえた。いつもはお喋りにつきあってくれるが、今日はどこか急いでいるようだった。

「あれ、もう帰るの?」

 振り向いて呼び止めると「はい」と、気まずそうにぺこりと軽く頭を下げて、すぐ去っていった。しかし、足取りは弾んでいた。

「金指さんとデートですって」

 可愛らしいワンピースを着た美波がバックヤードから出てきて、どこかバカにしたような感じで言った。

「レディディオールを知らない大人になりたくない」

「今の時間から? 大変ね。でも、うまく行って欲しいね」

「どーせ、ヤリモクだと思うけど」

 美波は不機嫌そうにフロアの席に座り、テーブルの上に小さなバッグを置いた。エナメルのキラキラした質感とエレガントな金具の輝きが高級感を醸し出すピンクのカラー。由紀はおのずと目を奪われた。

「バッグかわいいね。私もそういうの欲しいな」

「レディディオールですよ」

「レディ…?」

「レディディオール、何十万もします」

「へぇ…」

 美波は、由紀を睨んだ。自分には無理だと、一瞬で由紀の心のシャッターが下りたことを察したのだろう。

「私みたいに努力すればいいんじゃないですか?」

「私はこのバイトとインスタの副業を頑張って、3カ月で買いました。メルカリですけど」

「あらすごい」

「欲しいなら、由紀さんも私みたいに努力すればいいんじゃないですか?」

 美波はギッと由紀を捉えた。その鋭さに金縛りがかけられる。

「今日も思いましたけど、なんです? あんなFラン大学野郎に怒鳴られて悔しくないんですか? 他の客にも舐められますよ」

「ま…それが仕事だから」

「現状に疑問を持たないんですか? バッグが欲しいなら貪欲に、わがままになるべきです。私は、レディディオールを知らない大人になりたくないです!」

彼女への怒りはない。感覚が死んでいるのかもしれない

 美波は言いたいことだけぶちまけて、店を出て行った。

 意識高い誰かのトレースのような言い回しが気になる。ただ、あの時の自分の土下座に何かを感じてくれた美波はとてもやさしい子なのだと、由紀は胸があたたかくなった。

 きつい口調であったが、彼女への反発心は一切起こらない。

 感覚が死んでいるのだ。

 それこそが、自分がいつまで経ってもこのままである理由なのだろうと感じていた。

#3へつづく:何の感情も起こらない由紀だったが、ある日、ついに糸が切れてしまい…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


夜明けとともに起きだしたコハクチョウの胸の内
「あ~! 眠いけど、きょうも1日がんばるかあ!」  なんて言ってたりして。今朝の自分のことだけど(笑)。  ...
バカにしてる、よね? 部下になめられる理由と上司が改めたい悪癖3つ
 キャリアアップはうれしいけれど、部下ができると「なんだかなめられている気がする…上司としての威厳がないのかな?」と新し...
そのあえぎ声、どこまでが本当ですか?
 素朴な疑問、と頭に付ければ何を聞いても許されるとは思っていないのだが、失礼を承知で、どうしても聞きたいことがある。 ...
いつだって癒しを提供…成長が楽しみな“たまたま”を愛でる
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
お正月にしめ縄って必要かぃ?「しめ縄」と「しめ縄飾り」の違いも解説
 今年もあと2週間を切りました。年末だというのにあまりの暖冬、ここ数日は少しは寒くなったものの更年期のワタクシは、本職の...
「女は見た目がすべて」の思い出に悶々…容姿いじりのトラウマの克服法
「女は見た目がすべて」なんて言葉が昔からあるように、男性よりも女性の方が外見を厳しく見られる傾向です。そして残酷なことに...
落ち込んだらシーラカンスのことを考えるといいかもしれない
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
人生初のぎっくり腰なぜ発症? 40女の激痛を救った意外なコスメは…
 齢46、人生初のぎっくり腰になりました。腰が砕け、身動きがまったく取れない状態に陥るって本当にあるんですね。  デス...
韓国は「ひとり飯」ほぼタブー! おひとり様=みじめな人認定で苦労した
 ちまたでは『孤独のグルメ』(テレビ東京系)や『ひねくれ女のボッチ飯』(テレビ東京系)、『めんつゆひとり飯』(BS松竹東...
2023-12-19 06:00 ライフスタイル
“たまたま”とももうすぐお別れ…去勢前のおやつシーンを激写
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
自然の石を積んだ石垣でできた江戸時代から続く「棚田の村」
 見知らぬ土地で、山道を越えて現れた見事な石垣に圧倒される。ここまで積み上げる労力を想像すると途方に暮れるし、これが自然...
妙齢って何歳? 三省堂 現代新国語辞典のいまっぽい凡例に注目
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
#3 結婚で“輪”から去る友人への寂しさ。心地よい独身生活で失ったもの
【#2のあらすじ】  ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、毎晩芸人の卵や音楽仲間と飲み歩いている。高円寺はうんざ...
#2 友達の結婚、喜べないのはなぜ? 勝ち組を裏切りだと感じてしまう記憶
【#1のあらすじ】  ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、芸人の卵や音楽仲間と毎日飲み歩いている。高円寺はうんざ...
「最終的には学歴!」すごいですねー(棒)高学歴義母のマウントLINE3選
 義母が高学歴だとなんとなく上品でスマートな人柄が連想されますが、現実では学歴の高さと人格は比例しないようです。実際には...
2023-12-16 06:00 ライフスタイル
#1 夢を諦めきれない32歳の女。高円寺で燻る芸人らと酒に溺れる日々
 この街は、まるでネバーランドだ。  いつもの店に行くと、いつもの仲間がいて、相変わらずのバカな話で盛り上がれる。...