スマホを隠す理由を探らなきゃ
苛立つ気持ちと、ぐずる二人を何とか制御し、やっと寝かしつけた30分後。リビングに戻ると拓郎はいまだ笑顔でスマホをいじっていた。
「…」
絵里奈はぬっと彼の背後に回り込む。
「何だよっ!!!」
拓郎は漫画のように飛び上がって、ソファから転げ落ちる。その驚きように、絵里奈も目を丸くした。
「ご、ごめんなさい、そんな声を出すとは思わなかったから」
「せっかく仕事を終えてリラックスしていたところだったのに」
拓郎は被害者の面持ちで、逃げるようにバスルームへと向かう。スマホは大事に彼の手に握られたままだった。
「…」
第六感、というものなのか。
絵里奈は、焦りの見える彼の背中に何かを感じてしまう。
SNSの通知にホッ。だけど予想外の内容が
薄い壁の奥からは、シャワーの音が響きはじめた。見るつもりはない、と心の中で呪文のように唱えながら、絵里奈はバスルームの方角に向かう。洗濯を自分への言い訳にして、洗濯もの置き場へ足を踏み入れた。
フタが閉まった洗濯機の上。雑多に彼の抜け殻が乱雑に脱ぎ捨てられている。その中に、微かに震えるものがあった。
覆っていた衣服をめくり、振動の原因を目にした。
「なんだ…」
それは単なるSNSの通知だった。
独身時代とは違うアカウント名でSNSをしていることは初めて知ったが、不思議なことではない。筆を絶ち、行き場を失った彼の承認欲求を解消させるためには、仕方ないことだと許容できた。
しかし、あるリプに目がいった。
『先生の新作更新! 毎週楽しみにしています』
『早く読みたかった』
私の知らない、もう一人の彼がいた
気になって居間に戻り、自分のスマホで検索してみると、フォロワーおよそ1万人、アイコンの絵柄も同一の、確実に彼のものであるアカウントを難なく特定した。
「え…なにこれ」
その内容に絵里奈は目を見開いた。
トップにピン止めされた投稿には、『ブラック労働と搾取妻に苦しむ僕がボケ老人の脳内に入った顛末⑤ 0/5』という文字の下に、漫画の冒頭の1コマと投稿サイトへのリンクが貼られていたのだから。
内容は流行りの異世界もの。ストーリー云々より、別の疑問が頭を駆けめぐる。
――いつ、描いていたんだろう…。
好意的な読者のリプには丁寧に反応し、そのやりとりを楽しんでいる“先生”。ちょうど数時間前の投稿も含まれていた。
それは、絵里奈が子供の寝かしつけに格闘しているまさにその時のもので――。
「ママー」
寝室から、昼寝から醒めた双子の泣き声が聞こえてきた。絵里奈は考える間もなく叫び声の元へと向かっていた。
一方、拓郎はすぐ寝巻に着替えてベッドに入り、夢の世界の住人となる。
必死で泣き叫ぶ子供をあやす妊婦に見向きもせずに。
【#3へつづく:発覚した夫の嘘。絵里奈は飲み会への潜入を決意する】
ライフスタイル 新着一覧