早稲田卒、商社OLの称号は「貧乏な夢追い人」とは違うの。誰よりも高い“現在地”は私だよね?

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-03-08 06:00
投稿日:2025-03-08 06:00

【西大井の女 #2・神宮寺 翠42歳】

 かつて西大井にあったお笑い養成所に通っていた3人の女。約20年後、懐かしさで当時使用していたSNS・mixiのコミュニティに麻梨乃が書き込むと、2人の同期生から返信があった。1人は丸の内のキャリアウーマン・翠だ。当時はなぜ入学したのか謎だったが…【前回はこちら

 ◇  ◇  ◇

 オフィスフロアの隅にある小部屋で1人紫煙をくゆらせていると、他部署の後輩が入室してきた。あえて私を視界に入れないようしているのか、彼はすぐスマホでバリアを張った。

 彼は確か、今年新卒の男の子だ。名前は山本といったか。

 午前10時、会社が一番バタバタしている時間に、新人がひとりでここに入ってくるとはいい度胸だ。しかも、私に頭も下げもしない。仕事上のかかわりはないが、顔くらいは知っているはずなのに。

元芸人が「お笑いサークル」出身者に見向きもされず

「営業2課のヤマモト君だよね」

 あえて話しかけると、彼は肩を大きく揺らして私を捉えた。その驚きように私も驚いた。

「あ、はい…ええと――」

「3課の課長代理の神宮司です。ごめんね、夢中になっているところ」

「あぁ、大丈夫です」

 何が大丈夫なのかわからない。ただそのそっけなさで、彼の中での私の扱いは同僚や上司ではなく、妙に馴れ馴れしい怪しい年上のババアなのだと踏んだ。

 確か、彼は大学の後輩でもあるはず。密かに気にかけていたのに…。

「お笑い、好きなの?」

 敢えて空気を読まず話しかける。彼のスマホに貼ってあったのは、芸人さんのイラストステッカーだった。すると途端、彼の瞳に光が宿った。

「はい、早稲田のサークルでお笑いやってたんです」

 それを受けて「私も早稲田卒なの」と告げる。だが、聞き流された。

 その後は、友人がプロになりM-1の準々決勝に行ったとか、深夜のテレビに出ているとか、そういう話を自分事のように彼は語りはじめた。

 ――まぁ、私の同期にも、賞レース優勝者とか、今ゴールデンのレギュラーを持っている売れっ子がいるんだけどね。

 喉元まで出かかったが、どうにかして自分を大きく見せようという純粋な虚栄心を踏みにじることはできず、しばらく聞き役に徹する。空気を読む力は、かつてお笑いの養成所に通っていた頃に飲み会で得たスキルだ。

愚痴を「mixi」に投稿するのが日課

『ムカツク。挨拶くらいしろよな

 売り手市場でラクして入ったからって舐めてんのかよ

 てかさ、今の時代に早稲田出身でうちの会社って、相当落ちこぼれのはず
 
 大手で給料イイのはわかるんだけどさ。そういうもんなの? 今の若者って』

 自宅マンションに帰宅して、すぐパソコンを立ち上げると、

<今日の愚痴Vol㉓>

 とタイトルをつけてmixiに日記を投稿した。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


不安体質は性格のせいじゃない、変えられない自分を責めないで。穏やかな生活を送るコツ【専門家監修】
 2012年に59歳で亡くなったロック歌手・桑名正博さんとアン・ルイス(68)の長男でミュージシャンの美勇士さんや、タレ...
なぜ『鬼滅の刃』は心に響く?ボロボロだった女が“ある台詞”で救われた話「雷に打たれたような衝撃でした」
 最終決戦が描かれる映画三部作の第一章が公開され、アニメの歴史を塗り替える伝説を打ち出し続けている『鬼滅の刃』(フジテレ...
SNSだらだら、安物を爆買い…全部やってる! やめらない“ムダ習慣”7つがじわじわ刺さる
「やめたいのに、なぜか続けてしまう」そんな“惰性の習慣”に心当たりはありませんか? 毎日の行動の中には、「なんとなく」「...
生きる伝説、“スター★にゃんたま”の貫禄あふれるポージングを見よ!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「自慰行為」の語源になった人物の悲劇。“悪いこと”と罰された本当の理由
 職場や近所、SNS界隈に現れる「残念な人」、いますよね。実は今から約2000年前から現在に伝わる「聖書」にも「残念な人...
「イラつく顔ね」にグサッ…義母が放った“ひどい言葉” 5選。離婚すればってそりゃないよ~
 嫁姑の関係が悪化する原因の1つに、姑の悪意ある発言があるのかもしれません。こんなことを言われたら、姑への憎悪が膨らむの...
【動物&飼い主ほっこり漫画】連載特別編「ハルちゃん 幼少期の思い出」
【連載特別編】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場!  11月下旬発...
「うちはもっとヤバいよ!」え、不幸話で勝負してる? 聞いてて疲れる“愚痴LINE”3選
 人に不幸話をするときは、いくつか気をつけるべきポイントがありそう。なぜなら「それって不幸自慢?」とウザく感じる人が少な...
「着飾るのは何もないから」偽セレブがマウントを取る理由。“本物の令嬢”の前で見つけた本当の自分
 綾乃は千代田区の高級マンションから武蔵小杉に2年前に引っ越して来た。セレブ気取りの綾乃は同じマンション住人でさえない ...
「あの人が…なんで?」地味ママの“富豪人脈”に呆然。勝ち組を演じていた女の勘違い
 綾乃は千代田区の高級マンションから武蔵小杉へ2年前に引っ越して来た。以前の土地では、富裕層中心のママ関係に居づらさをお...
「世帯年収1500万じゃ恥ずかしい」御茶ノ水からの“都落ち”…武蔵小杉のタワマンを選んだ女のプライド
 リビングの大きなガラス窓の向こうには、大樹のようなマンションがいくつもそびえている。  その景色はまるで都会の森...
ママ友の悪口を誤爆!「このLINE、共有しますね☆」やっちまった…恐怖の誤爆エピソード3選
 子どもを介した友達“ママ友”。それぞれ性格が違うので、合う合わないがあるのは当然です。でも裏で悪口や愚痴を言っていると...
昭和や平成にいた“カタカナ職業”とは何だった?バブルを生きた男が思う「総クリエイター時代」の清々しさ
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(65)。多忙な現役時代を経て、56歳...
長渕剛に20代女性との熱愛報道。60代や70代を好む「桶専女子」の生態とは?“枯れ専”との微妙な違いも
 芸能界ではシニアの恋愛・結婚が話題になっている。8月27日配信の文春オンラインはシンガーソングライターの長渕剛(68)...
100均の“お掃除グッズ”でチャレンジ!夏の水回りは「凄腕くん」でピカピカになるか?
 夏は“大掃除向き”の季節だと思っています。冬のように水が冷たすぎないので、特に水回りの掃除は今がチャンス。  気...
大阪万博だけじゃない!行列で起きた“地獄と奇跡”8連発。推しの神対応、彼氏との悲劇…
 2025年4月にスタートした大阪万博も、残すところあと僅か。今回の万博は、何かと大行列ができることで話題になっていまし...