名門一家にふさわしい娘に育てる決意
武雄の実家は代々医師家系。兄弟ともども小学校から私立の大学付属校に通っていたそう。現在は軽井沢に隠居している彼の両親も白金の生まれで、有名私立に小学校から通っていたのだという。
だが、義母の昭子は葵が生まれた時、こう言った。
「無理に私の家に合わせなくとも、由香さんのやりかたで葵さんをのびのび育ててあげてくださいな」
敬虔なカトリック教徒で穏やかな昭子の優しい提案だ。しかし、由香は自らの意志でキッパリと答えた。
「いえ、この家に生まれた子ですから、相応しい女性に育てます」
自分が望んでいた選択肢を与えられなかった由香。葵にはその惨めさを感じさせたくなかった。そして、家庭環境が同じレベルの学友たちと清い未来に繋がる人間関係を形成していってほしかった。
もちろん、子供が与えた道を拒めば由香は応じるつもりでいる。しかし乳幼児期の素直な子供は自分の意志などないに等しい。しかも葵は由香の言うことをよく聞く、本当にいい子なのだ。
幸い、家から歩いて行ける距離に伝統ある名門お嬢様学校があった。義母もその学園の卒業生である。葵が0歳児の頃から幼児教室にともに通い、数十倍もの難関をくぐって、その学校の付属幼稚園にご縁を頂いた。
由香はやっと、幼い頃から憧れていた高貴で優雅な環境を手に入れられた。
今は、誇らしさで胸がいっぱいの日々を謳歌している。
娘の友達がキラキラネーム?
そんなある日のこと、学校から帰って来た葵から由香は無邪気な提案を受けた。
「ねぇ日曜日、愛舞(らぶ)さんをお家に呼んでいいかな」
「ら…らぶさん?」
「山田愛舞さん。かわいい名前だよね」
目を輝かす葵に由香は言葉を濁す。
――この学園に通う子でも、そんな名前の子がいるのね。
娘に仲の良い友人ができたのはいいが、“愛舞”という見慣れぬ名前に、僅かな警戒心を感じてしまったのは事実だ。
俗にいうキラキラネームというものではないか。
つまりは、家の名ではなく、下の方で自己主張しようとする部類の両親である。付属幼稚園に通っている時には聞いたことがない名前のため、小学校受験で入って来た子だと直感した。
「いいけど…」
「やったあ。気も合うし、面白い女の子なんだ」
嬉しそうな笑顔に由香の心もほころぶ。危機感はあるものの、この学園とご縁がある一定の層であることは唯一の安心材料である。
縁のない「赤羽」に不安…
そこでふと、名案が思い浮かぶ。
「なら、愛舞さんのお母さまも一緒に我が家にお誘いするのはどうかしら。その方はどちらに住んでいらっしゃるの?」
「うんと、赤羽だったかな」
「え…」
提案してみたものの、その地名に絶句してしまった。
赤羽がどうというわけではない。地下鉄で一本だから、通学圏内だ。しかし、付属幼稚園上がりのご家庭では聞き慣れない地名だった。
入学式や送迎などで山田愛舞の母とは何度か顔を合わせたことがある。ただ、いつも挨拶もそこそこに立ち去ってしまう。仲良くしている父兄はいなさそうだ。
――もしかして、一般企業にお勤めの共働きの方かしら。価値観の違う親御さんだったら…?
不安と疑念は、考えるたびに募っていった。
【#2へつづく:キラキラネームの子供が愛する娘に近づいて…】
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