【四ツ谷の女・大宮由香31歳 #1】
都会の中心でありながらも、ハイグレードな住宅街として知られる四ツ谷・番町エリア。
大宮由香は、小学校に入ったばかりの娘を毎朝マンションエントランスの外まで出て見送るのが日課となっている。
「お母さまー、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、葵さん」
セーラー服の後ろ襟。錨マークが揺れる小さな背中が見えなくなるまで由香は手を振る。その女の子が、自身の娘だということを近所や道行く人に主張するように。
人々の羨望が入り混じった眼差しは案の定だ。
由香はおのずと背筋が伸びる。
――カンチガイ? ううん、わかるのよ。
なぜなら由香はかつて、羨望の眼差しを向ける側の人間だったのだから。
お嬢様学校に通えなかった屈辱
静岡県の東部地区にある小さな町出身の由香。生まれ育った故郷の小高い丘の上には、地元の名士や駐在員などの子女が通う中高一貫のミッションスクールがあった。
由香はその学校から見下ろされる場所にある、丘の下の公立中学校に通っていた。所属する卓球部の朝練で地獄の坂登りをしている由香の横を、女学生を乗せたスクールバスは悠々と追い抜いていく…それが日常だった。
由香はそんな日々に、言いようもない屈辱を覚えていた。
――なぜ私はあのバスに乗れないのかな…。
通学範囲にお嬢様学校があることは知っていた。だけども、その学校に行くという選択肢は家族の誰からも与えられず、気づいたら近くの中学に入っていた。
実家は町で評判の焼肉店を経営している。そこそこ裕福な家庭のはずだ。だからこそ、両親からその選択肢を提示されなかったことが悔しかった。
――私もお嬢様学校に通いたかったのに。
この屈辱をぶつけるように、由香は大学受験の際、都内のミッション系の女子大学を片っ端から受験し、3Sと呼ばれるお嬢様女子大学の一つに入学した。
そこで出会ったのが、今の夫・武雄だ。
彼は今、外資系製薬会社に勤務する研究医である。
夢のようなセレブ生活に
武雄とはインカレの旅行系サークルで知り合った。同じ年齢ではあったが、どこか大人びていて、時折醸し出す品のいい身のこなしに由香は惹かれた。
物静かな彼は競争率も低く、由香がアプローチをしたところ、トントン拍子に交際に発展することができた。そして、彼の大学卒業と同時に結婚に至った。
誰もが憧れる医師の妻の座。
あまりにも自然な流れで手に入れることができたため、由香は改めて感じた。
――やっぱりお嬢様学校に入れば、出会う人も環境も相応しいものが得られるのね。
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