田舎を捨てた「独身女」は不幸ですか 絶縁した家族が来て…今さら何の用?

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-09-07 10:12
投稿日:2024-09-07 06:00

【新宿の女・西村 咲子38歳 #1】

 いまだ残暑が残る9月の初め。月曜日のAM7:30。

 すでに汗ばむ陽気に包まれながら、西村咲子は新宿西口の高層ビル群を愛車のeバイクで駆け抜けた。

 初台にある自宅から、勤務先まで自転車で10分。ただ、8時を過ぎると会社近くの駐輪場が満車になってしまうため、いつもこの時間に到着するようにしている。

 ――会社の近くに住んだ意味ないよね、これじゃ…。

 そんな矛盾を嗤(わら)いながらも、咲子はこの環境には満足している。

 東京のど真ん中で、自分は、自由に好きな仕事をしているのだ。

高層階のオフィスで働ける幸せ

「おはようございまーす」

 咲子は今日も一番乗りで会社に到着し、誰もいないオフィスフロアに呼びかけた。

 天気のいい日。地上30階の窓辺からは遠くにうっすら富士山も見える。

 一身に太陽の光を浴び、清々しい気分で深呼吸をしたら、ひとつ、アイディアが浮かんできた。咲子はさっそく自らのワークブースに駆け込んで、Macを立ち上げる。

 左手にスタバのラテを、右手にマウスを握り締めて。

 大手食品メーカーのデザイン室に勤務している咲子。

 東京藝大を卒業し、いくつかのデザイン事務所での勤務を経て10年前、現在の会社に勤め始めた。

 デザイナーというと、独立してフリーで活動する者が多いが、咲子はいままでもこれからも、インハウスデザイナーとしてやっていきたいと思っている。自らの勤勉で堅実な性格、そしてフリーとして成功するほどの営業力や特出した能力が足りないことも自覚しているからだ。

 これは諦めではない。自ら判断を下した身の丈に合った自分らしい生き方だ。

 それなりの収入をもらい、高層ビルの中の最先端のオフィスで、東京の景色を眺めながら、好きなことができる生活。恋人はいないが、気の合う友人にも恵まれている。

 咲子は今、とても幸せだと胸張って言える。しがらみなどなにもない毎日だ。

 遠い場所に置いてきた、一点の気がかりを除けば…。

友人のドタキャンも慣れっこ

「え、ミッコ、今日行けないの?」

 金曜の夜。咲子は新宿西口のベルトコンベヤのような地下歩道に運ばれながら電話に出ると、それは大学時代からの友人・ミッコからの連絡だった。

 子どもが腹痛で小学校を早退し、頼みの夫も急な残業が入ったのだという。

「そう…わかった。お大事にしてね」

 突然のキャンセル。その晩は、ミッコと御苑のイタリアンで軽く食事をした後、2丁目の行きつけのゲイバーに繰り出す予定だった。

 このまま一人で赴いてもよかったが、その日はミッコと会うことが一番の目的であり楽しみだった。素直に家に帰ることに決める。

 ――まあ、イタリアンもゲイバーもいつでも行けるからなぁ…。

 ミッコと会うのは半年ぶりだった。学生時代から毎日のように会っていた親友だったが、彼女が結婚した7年前からは、年に3回会えれば十分な頻度となっている。

 遊びの約束をしても、今日のように子どもが理由でドタキャンされたことも幾度かある。どうしようもない上に、もう慣れっこなので怒りもわかないのだが…。

 せめておいしいものでも食べようと、咲子はその足で京王デパートにて開催されている北海道物産展に向かうことにした。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


【2023年人気記事】ラブホテルに泊まりました。
 あけましておめでとうございます。2023年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
駆け落ちにマッチングアプリ…いつの時代もロマンティックに憧れる
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
【2023年人気記事】新幹線で帰省、ヤバい親子に遭遇!お互い様の解釈
 あけましておめでとうございます。2023年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
年が明けたところで 正直なんも変わらないけれど…
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
あけましておめでとう! 2024年はどんな年になるだろうね
 スサノオノミコトが造った日本初の宮、島根県須我神社。  なかなかゆっくり参ることはできないから、気持ちだけでも、...
姦、嫐、嬲…スキマ時間に読み方クイズはいかが? 漢字って奥深い。
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
女同士の嫌味合戦に終止符を! 相手を黙らせる冴えた返し方
 女同士の嫌味の言い合いは、いつだって熾烈。 相手が職場の上司や同僚だと、言い返すことができずストレスになってしまう場合...
また!snsのアイコンコロコロ変えるの何で?4つの心理&注意したいこと
 あなたはsnsのアイコンをどのくらいの頻度で変えますか? snsを始めてから一度も変えたことがない人もいれば、月に一度...
義母「唐揚げは?」嫁「そうですね」義母「明日は鍋」献立確認もやもや!
 義母から送られてきたLINEでもやもやした経験はありませんか? 嫁いびりをするような義母であれば、不快なLINEに何度...
信頼の証じゃない 身内に“八つ当たりする”人の心理と対処方
 今回はお悩み相談回です。職場に好きな人がいる男性の方なのですが、よく想い人の女性から八つ当たりされるのだとか。 「信...
派手な集団に遭遇 ざわついた飲み屋で包まれる昭和の空気
 とある飲み屋で派手な集団に遭遇。チンドン屋さんのお出ましだ。  年末にしんみりしても仕方がないから、ここは景気よ...
ぎゃああ! 暖かいところで越冬するカメムシ(涙)、安全な捕まえ方は?
 家の中に出る虫で、ゴキブリを怖がる人はたくさんいますよね。でも、実はゴキブリと同じくらい不快度が高い虫がいます。  ...
口づけしたくなっちゃう♡ 真っ白な“たまたま”にロックオン
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
なぜお正月の飾りに竹?めでてぇ年賀の最強アイテムはSDGs的にも超優秀
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋にも、まもなくお正月がやってきます。  今年の暮れも嵐が過ぎ去った後のように荒れ放題に...
知人「やさしいたい焼き屋のおじさん」私「あれ母親」地雷踏んだLINE
 人にはそれぞれ絶対に踏んではいけない「地雷」があります。でも、それが何かはわからないケースがほとんど。今回は、LINE...
クリスマスを「自分へのご褒美」の口実にしてもいいかしら?
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...