毒親の介護をしたくない 実家から逃げた女が「決別」のため払った金額は

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-09-07 10:11
投稿日:2024-09-07 06:00

弟が来た「本当の理由」はこれだった

『自宅介護大フェスティバル』――チラシに描かれたタイトルの響き、いらすとやがふんだんに使われたデザインと実体のちぐはぐさ。咲子は思わず吹き出しそうになる。

 しかし、それ以上に驚きが勝ち、ポカンと口を開けたまましばらく身体が動かなかった。

 ――まさか将平、そこに行った足でわざわざうちまで来た…ってこと?

 パンフレットを一つずつ眺めていると、電動ベッドの設置費用やリフォームの書類の中に、彼の筆跡で書きなぐられた一枚のメモが挟んであるのを見つけた。

 そこにあったのは、今後のライフプランと資金計画とみられる計算式だった。

月収30万、ボーナス50万、妻月給12万、貯蓄、保険…。
入学金、学費、塾代…。
ローン、カーローン、固定資産税、光熱費、食費、デイサービス代…。

 ギリギリではないようだったが記載されたその数字の細かさに、その背景がうかがい知れる。

 将平が現在暮らす家は、元々両親が持っていた土地に建てたものだ。別居はしているものの、そこは実家と目と鼻の先だ。

 将平の子どもはまだ小さく、3人もいる。妻が仕事に出ているということは、両親からも子育ての手厚いサポートがあったはずだ。

弟もまた、古い価値観の犠牲者だった

 ――なるほど…。

 咲子は、将平が突然ここを訪れた理由が分かったような気がした。

 彼が今、人並みの生活を営むことができているのは、完全に両親のおかげである。結婚まで実家暮らし、地元の私立の大学に入り、縁故で会社に入社し、親の土地を譲り受けて家を建て、子育ても協力してもらっているのだから。

 それを思うと、彼が放った――「家族だから助け合いは当然だろ」――という言葉に、咲子は多くの含みをおぼえる。

 恩恵を受けることできつく張り巡らされた鎖の中にいる彼。恐らく、両親か親戚のいずれかが現在、病気か介護が必要な状態なのだろう。

 そして、素直に相談すればいいにもかかわらず、それができない意地――。

 長男としてもてはやされ、小さな世界で虚勢を張って生きてきた人間の哀れさを見た。本人は自覚なく、それこそが幸せだと思いこんでいるのだろうが、彼もまた、家督制度をはじめとする旧来の価値観の犠牲者なのだ。

 ――かわいそうに…。

 だからといって、実家に帰って親の世話などする気にもならない。あの男、そしてあの家族を調子に乗せてしまうことなどごめんだという意地が勝つ。

 咲子は、この東京に自分の力で根を張って生きている自負がある。大学を卒業してからは、地元に頼らずに生きてきた。

 ――だけど、大学まで行かせてくれたのは事実だし…。

 将平の書いたライフプランを咲子はじっと見つめた。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


そう来る!? AI提案の「酷暑の乗り越え方」に笑った。私が考えたオリジナル“心理的”対処法も教えます
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
終わった…海外トラブルで冷や汗。20代女子のリアルな旅行ハプニング、消えた荷物はどこに!?
 日本とは違った体験や景色が味わえる、それが海外旅行の魅力。しかし、その“違い”が思わぬトラブルを呼ぶこともあるんです。...
なぜ40~50代に参政党がウケたのか? 参議院選挙の"もうひとつの争点"、氷河期世代の本音
 2025年参院選で争点のひとつに「就職氷河期世代」の支援策もかかげられた。  1993年から2005年にかけて社...
正直いりません!ダサい服を送ってくる義母。悩める主婦がとった“仕方ない”手段「どうなんだ? とは思うけど…」
 令和を迎えた今の時代にも、姑の行動に深刻な不快感を示す妻もチラホラ…。一方、激しい対立をするほどの事柄ではなくても妻が...
やば! ブラ紐が“チラ見え”した時どうしてる? スマホ使ったスマートな技も
「えっ、ブラ紐見えてたかも…?」ふとした瞬間に自分のブラ紐が見えていることに気づくと、恥ずかしさで焦ってしまいますよね。...
「帰省キャンセル界隈」は親不孝じゃない。実家に帰らないための冴えた言い訳
 色々な理由で帰省をしない人はたくさんいます。帰りたくない理由があるのなら、無理にしなくていいのかも。 (コクハク...
ポンポン尻尾にメロメロ♡  “にゃんたま”丸見えの姿に心をくすぐられちゃう
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第101回「くまさんスイカ!シャクシャク」
【連載第101回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽの...
【“偏”探しクイズ】共通する偏をみつけて2文字の熟語を2つ作ろう(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
「頑張りが伝わってきたよ」ママ友の言葉にホロリ…思わず嬉し泣きしたLINE3選
「LINEに救われた」という経験、あなたにもあるのではないでしょうか? 連絡手段として用いられるLINEが、救世主のよう...
浴衣の下って何を着ればいいの? 下着をつけたくない場合の最適解とNG行動
 夏休み、家族や友人と旅行に出かける人もいるでしょう。でも、意外に知られていないNG行動のせいで、恥をかくことも…。 ...
「来月はハワイ♡」ってダルっ…。“幸せアピ”がウザい女友達のLINEエピソード
 自分が幸せの中にいるとき、周りに話したくなったりアピールしたくなったりする人もいるはず。でも、相手に「ウザい」と思われ...
「スナックのママ=不美人」説は本当か? 超納得のシンプルな理由を解説します
 「スナックのママって、そんなに美人いないよね」  これ、みなさんも思ったこと or 聞いたことないですか? 私は...
4割が「事故物件に住み続ける」と回答。それぞれの“ワケあり”事情とリアルな体験談
 夏といえば怪談。その中でも近年、特に目立って増えているのが「事故物件」をテーマにした話だ。  松原タニシの実話怪...
猫の「まなざし」に恋をした…“にゃんたま”には何が詰まっているの?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「お母さん、暇ー!」攻撃にヘトヘト…。夏休み、私は“宿題やる気スイッチ”をこれで押してます
 夏休みシーズン到来! お子さんの夏休みの過ごし方で悩む方も多いのでは。ことあるごとに「お母さん、暇ー」の訴えに、「暇な...