図々しい弟の信じられない言葉が続く
早く帰ってほしい…。咲子は拒否感を察してもらうが如く、無言でキッチンにこもり、洗い物をし始める。
すると、信じられない言葉が背後から聞こえてきた。
「ねえ、メシとかないの? 今日はここに泊まるつもりで来たんだよね」
「…え?」
将平は今日、出張で新宿に来たと言う。
近隣のホテルに宿泊しようとするも、インバウンド旅行者の影響かどこを探しても予算オーバーのため、咲子の家に泊まることを思いついたらしい。
「まさかこんなに狭い部屋だとは思わなかったな。まあ、壁と屋根があるだけましっつうか」
なんと図々しい発想だ。長年距離をおいていても、結局あの家の中で自分は虫けらのような存在なのだと身に染みる。
――あの時、出て行ってよかった…。
女性は「お嫁さん要員」でしかない田舎
咲子は20年前、デザイナーを目指し、大学進学と同時に上京した。
進学も上京も親から反対されていたが、猛勉強の末に東京藝大に合格し、仕送り不要、東京は卒業までという約束で両親をねじ伏せた。
しかし、大学3年の夏休み。就職活動で地元に一時帰省すると、両親は言った。
「就職先は既に決まっている。咲子はそのまま卒業するだけでいい」
聞けば、父親が懇意にしている地元企業に一般事務職として働く折り合いがついているという。その企業は社内結婚率が高く、地元の噂では女性社員はほぼお嫁さん要員としてみられていると聞いていた。
そもそも、地元に帰るのも本意でなかった咲子は、卒業後も東京に残る決意をした。親が決めた就職先も自ら連絡し、辞退。勝手な行動に父親が激怒し、大喧嘩となったのは言うまでもない。
疎遠になって以来、地元の同級生伝いで近況は耳に入っているようだが、事務的な連絡を除き咲子からは何も起こしていない。何かしらのアクションがあったのは今回が初めてだ。
結局、ホテル代わりではあったのだが…。
「狭い部屋で、惨めな生活じゃん」
「姉ちゃんもさ、あの時おとなしく就職して、同じ会社の人と結婚してりゃ、俺ん家みたいに大きな家と車のある生活ができてたはずなのになぁ、失敗したね」
将平はボリボリと白い恋人のカスをソファの上にまき散らしながら、咲子にアピールするかのようにぼやいた。
「…そうかな? 私は今でも十分幸せだけど」
「強がっちゃって。俺恥ずかしいよ、地元じゃみんな姉ちゃんのこと『行き遅れ』とか『かわいそうだ』って噂してるし。成功しているならまだしも、結局、こんな狭い部屋で、仕事だけで自意識満たしている惨めな生活なわけじゃん」
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