咲子の心にドロドロとした感情が
将平は得意げに煙草を取り出し、おもむろに火をつけようとした。咲子は静かにそれを取り上げる。
「この部屋、禁煙なの」
「悪いね。じゃ、ベランダ行くわ」
「ベランダ喫煙もマンションで禁止されてるから」
ブツブツ文句を言いながら彼はお手洗いに向かった。本当はお手洗いでも喫煙して欲しくなかったが、とにかく一時的にでもどこかに行ってもらいたかった。
――将平のいう通り、何かを成したわけでもないし、窮屈な生活だけれど…。
咲子の心の中に、ドロドロとなにかがうごめく。
ついに怒りが爆発する
――確かに、今日みたいに、子どもが理由で約束をドタキャンされた日は、世間から置き去りにされたような感覚になることもあるけれど…。
しかし、ここまで言われる筋合いはないと思った。
自分の手に届く範囲内で、幸せに、好きに生きているだけなのに、なぜこんなことを言われなければならないのだろう。
誰にも迷惑をかけていないはずだ。
「ふぃー、すっきりした」
将平がお手洗いから出てきた。鼻につく不快な匂いを漂わせて。
「…ねえ、帰ってくれないかな」
気がつけば、本心が漏れ出てしまっていた。
「は? 何を今さら。家族だから助け合いは当然だろ」
当然のようにソファに戻る彼に、実家の父親の陰を見る。
男尊女卑、家父長制、田舎の嫌なところが全て詰まった実家。改めて、縁を切ってよかったとしみじみと感じる。
「ここは私の家。泊る場所なら自腹で何とかしてよ。年収相当あるんでしょ」
衝動のまま、咲子は彼のスーツケースをドアの外に押しやっていた。
「なにすんだよ!」
金輪際、帰らない決心ができた
きっと彼は故郷に帰ったら、姉のことをヒステリックな鬼婆に変貌していたと言いふらすだろう。独身の寂しさのあまり、と枕詞を添えて。
しかし、そんなことはどうでもよかった。どうせもう故郷には帰らない。引っ越しても住所は金輪際教えないことを決意する。
怒りは収まる気配はなかったが、決別の踏ん切りをつけてくれた将平を咲子はある意味有難く思うのだった。
【#3へつづく:偉そうな態度の将平だが、その裏には…】
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