トラウマ、復讐…人生3度の挫折。後妻業に染まった女はどこで間違えたのか【後妻業の女・筧千佐子#3】

神田つばき 女と性 専門ライター
更新日:2024-11-23 06:00
投稿日:2024-11-23 06:00

後妻業の女・筧千佐子死刑囚#3(高齢男性4人への殺人、強盗殺人未遂罪で死刑判決)

 親のことばに従って大学進学をあきらめ、大手銀行に就職して恋愛結婚した千佐子。しかし、夫の親族から田舎者扱いされ、夫婦で始めた印刷工場はうまくいかず、夫が急死。子ども2人を抱えて孤立無援になってしまう。 【前回はこちら】【初回はこちら

  ☆  ☆   ☆

 報道陣に向かって千佐子は「どうして私が毒なんか持ってるの」と平然と言い放っていた。たしかに、どこにでもいる主婦が毒物など手に入れられるはずがない。しかし、この弁明はすぐに崩れた。

 印刷工場では青酸化合物が使われる。夫と印刷工場をやっていた千佐子は、青酸化合物を隠し持っていることが可能だった。

痕跡も残さずに10億円が消えた

 もう一つの謎は推定10億円以上の金の使い道だ。豪邸を建てたり、海外旅行へ旅行したり、ホストに注ぎ込んだりした形跡はない。だから20年間も事件が発覚しなかったとも言える。しかし、それなら金はどこに行ったのか。逮捕時、千佐子の財布にはほとんど現金が入っていなかったという。

 奪った金で、最初は商売の借金を返していたことは捜査でわかっている。しかし、同時期に千佐子は投資を始め、先物取引やFX(外国為替証拠金取引)に手を出すようになっていた。もともと頭が良く銀行員だった千佐子は、思い通りに利益を得ることもあっただろう。しかし、先物やFXはハイリスク・ハイリターンの投資だ。

 勝てばもっと元手につぎ込んで多額の利益を手にしようと思うし、負ければこんな損失は一回勝てば取り戻せるとますます熱くなる。勝った瞬間、脳内は快楽物質のドーパミンでいっぱいになり、負けた瞬間の絶望感を忘れさせる。

 多いときで数千万円の借金を背負ったという千佐子は、もうやめられない、引き返せない、ハイリスク投資の依存症になっていたのではないか。

トラウマ化した昭和の呪縛

「大学進学を断念」「嫁ぎ先での親族との不仲」「事業の失敗」という3回の挫折のうち、千佐子がもっとも傷ついたものは何だったのか。

 頭が良くてガッツもある千佐子は、大学と事業に代わるものは努力で手に入れられたはずだ。いつまでも千佐子の心を苦しめたのは、夫の身内からの冷たい視線に傷つけられた経験だったのではないか。

 逮捕後、千佐子は何度も「親族からの差別」と口にしている。差別とは大げさな言葉に聞こえるかもしれないが、昭和の日本は今以上に都市と地方の格差が大きかった。

 都会の人間が田舎の人間をばかにするだけでなく、地方には地方で、「あの人は〇〇の出身だから」「先祖が〇〇だから」という差別の目線があり、学歴や職歴がよければ「いい気になってる」ときらう。そんな差別の連鎖が当時の日本にはあった。

 地場産業で働くしかない中卒夫の親族が、大手銀行の行員だった千佐子をどんな目で見ていたか。ここにも昭和の呪縛があり、「何をしても私は良い目で見られることがない」と、千佐子を苦しめた。

「金に苦労した、大金を稼いで親族を見返したかった」と、捜査員に語った千佐子。投資で大勝ちしたときだけ、自分のプライドを傷つけた親族に勝ったと感じて、喜びに包まれた。

 人を見返したいという願いが、復讐心に変わっていく。復讐心は誰のことも幸せにしない。当人も相手も、周囲の人の人生までも真っ暗にする。

 プライドの回復のために千佐子が投資したのは、ただの金銭ではなく、罪もない男性たちの生命と千佐子に対する愛情だった。

神田つばき
記事一覧
女と性 専門ライター
離婚と子宮ガンをきっかけに“目がさめて”女性に生まれたことの愉しみを取り戻すべく、緊縛写真のモデルとライターに。私小説「ゲスママ」、イベント「東京女子エロ画祭」「親であること、毒になること」などを企画。最近は女犯罪者や緊縛表現者に関するZINEの制作・販売を開始。Xnoteblog

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


千代田区民は“勝ち”だよね。通勤ラッシュを知らない自分は上流階級層の女
――『東京の中心に暮らす、ということ』…なんてね。  鈴木綾乃の頭の中にマンション販売のコピーのような、そんな言葉...
「自責と他責」バランス上手な大人が口癖にしている神ワード
 ここ数年、自責思考・他責思考みたいな話題をよく見かけませんか? 私はもう見るたびに「うるせぇ~!」となっている反面、し...
たまにはこんな日もあるよね? 終電を見送ってしまった夜
 久しぶりの仲間との時間が楽しくて、「あと1杯だけ」「あと10分だけ」を続けていたら終電を見送ってしまった。  だ...
出張ホスト、ママ活、女風…女性の金目当てに上京する男性が増えている!
 近頃は地方移住が話題となっていますが、その逆に「地方では稼げないから上京する」男性も出てきています。  出張ホストや...
ご飯をありがとにゃ! お母さんが大好きな“たまたま”君たち
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
荒れる2024年幕開け 花屋が祈りを込めた「復興と希望」の花束
 2024年が明けました。今年は元旦から思いもよらないことが起こって、まさに辰年。大きな変化の年が始まったようでございま...
暇すぎ死にそう…大きな声じゃ言えないけど仕事中にばれない暇つぶし5選
 同じ仕事でも、忙しいと時間は早く過ぎ、暇すぎると永遠に時計が止まったように見えるもの…。とはいえ、仕事の拘束時間なので...
2024年こそシンデレラボディ!フェロモンジャッジで分かるケア&香り術
 素敵な女性はいい香りがする――。  そう感じるのは、肌から放たれるフェロモンの効果。フェロモンが高まると色気だけ...
動物は「あったかい場所」を見つける才能があるみたい
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
私「復縁希望?」女友達「あと2年で吹っ切る」失恋かまってちゃんLINE
 失恋をして心が傷つくと、少しでも誰かに気持ちを聞いてもらいたくなるもの。  でも、あまりにしつこかったり、常識が...
キャンプより安近短なべランピング!楽しむコツ&それでも失敗したエピ
 空前のキャンプブームが到来していますが、やはりイチからキャンプギアを集めてテントを張って…となると、ハードルが高いと感...
見上げた青空が眼に染みて…1日に1回くらいは空を眺めてみる
 青空が眼に染みると思ったら、しばらく空を見上げていなかった自分に気が付いた。  うつむいて歩くのがクセになってい...
「俺のソーセージも試食して」じゃねえ! 40女の成人の日の思い出
 1月8日は成人の日。晴れ着やスーツに身を包んだ新成人たちの姿は、眩しいものです。  成年年齢が18歳に引き下げられま...
これって誘拐ですよね!? 遊んでいたら詰められた恐ろしいご近所トラブル
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
神秘的! 宝石のようなオッドアイの純白“たまたま”に幸福祈願
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「緑の黒髪」があるなら、白髪の“褒め言葉”は?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...