穏やかな主婦が知った「浮気より刺激的」なもの。人生初のパチンコで味わった「異世界のような」快感

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-01-11 06:00
投稿日:2025-01-11 06:00

まるで異世界。はじめてのパチンコ店で味わう体験

 足が震えていた。

 建物の前に立つ沙耶は、不安と恐怖に身体の機能を制御されていた。後ろを振り返り、周囲を見回す余裕などはない。

 まっすぐに、その中へ足を踏み入れる。

 ホッとしたのもつかの間、耳をつんざく爆音が、沙耶を迎え入れた。

 分煙とはいえ、タバコの煙が微かに薫っている。空気が重い。ここは、自分の住む穏やかで、風通しのいい街なのだろうか――。今の自分は、主婦・熊田沙耶ではない、ただ存在するだけの物体になったような気がした。

 ――早く、玉を戻して、帰らなきゃ。

 焦る反面、生まれてこの方、縁のなかった場所に自分は今立っている場違いさが心地良かった。ここにもう少し溺れてみたくなっていた。

 まるで異世界。

 夫が独身時代に暇つぶし程度でやっていたという接点くらいで、沙耶にとっては全く縁のない場所だったのだ。

「ねえちゃん、その台、俺の」

 パチンコ台の前に何気なく座っていると、白髪のまばらなおじいさんがやって来て、沙耶を睨んだ。その濁った目の中の生気――いや、殺気なのか――は、沙耶のそれよりもみなぎっていた。

「すみません、はじめて来たもので」

 頭を下げて下手に出ると、そのおじいさんは得意げに沙耶を1円パチンコの台まで誘導してくれた。打つ気はなかったが、そのマンスプレイニングに背中を押された。言われるがまま、素直に従う。

 後のことは、沙耶の記憶にほとんど残っていない。

 気が付くと、そこにあったのは興奮の余韻と、金色のチップが入った小さなカードであった。

私の中で、何かがはじけた

「ママ、最近感じ変わったよね」

 ある日の夜、夫が口ごもりながらつぶやいた。外出が多くなった沙耶について、あらぬ方向に想像を膨らませているようだった。

「そうかな…アルバイトはじめて、人前に出るようになったから?」

 沙耶は、色付きのリップクリームを塗りながら、彼の疑問に答えた。その奥にある、大きな理由を笑顔で包みながら。人生を堪能するためのノイズは極力ない方がいい。

 あの日、あの時。何かがはじけた。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


宝物の小さな記憶
 夏の思い出を振り返る。  季節の移ろいと共に、宝物も、思い出も、色合いが変わっていくんだね。
ほっこり癒し漫画/第84回「迷いインコ歌をうたう 後編」
【連載第84回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
衆院選で話題を呼んだ「鞍替え出馬」。そもそも「鞍替え」の語源は?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
介護に遺産…しんどい大人の悩み、相談に「ちょうどいい」相手の見つけ方
 大人こそ行きつけのスナックを見つけて欲しいと言いまくってきた私ですが、このあいだその気持ちに拍車をかける出来事がありま...
えっ、ダイソーで「優秀クッションファンデ」が買えちゃうの? 古いメイク→流行り顔へのアプデにベストかも
 IDATE(アイデイト)は、あの有名ファッションイベント「東京ガールズコレクション(TGC)」とダイソーがコラボして生...
オトナの余裕にキュン! どこまでもついて行きたいダンディ“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
花業界の革命児「雑草」に注目! 秋冬の散歩で見つけたい“おしゃれ雑草”テッパン6種
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋は神奈川の片田舎にありますが、夜はいよいよ暖房のシーズンに(我が家のニャンズは皆20歳近...
更年期は洗濯物が増える!「汗とともに去りたい」と心がチクチクしたら…
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
オカモト「まるでこたつ おやすみスイッチ」は40女の睡眠を守れるか
 早いもので10月ももう後半。金木犀の甘い香りが心地よい季節になりました。秋が深まるにつれ、筆者を苦しめるのが足の冷え。...
若手社員のスピード離職を防ぐ3つの対策。これ以上人が減ったら回らない
 近年、多くの会社で「スピード離職」が問題になっています。せっかく優秀な社員が入社しても、数週間から数カ月の間に退職して...
グループLINEで悪口が始まったときどうしてる? 対処におすすめな万能ワード3選
 グループLINEで悪口が始まったとき、あなたはどう対処していますか? 悪口は、人を傷つけるだけでなく、自分にとっても非...
突然の御開帳! ありがたーい縞三毛猫君の激レア“たまたま”に歓喜
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
呼び声が届く距離感
 どこを見ているの?  私は、こっちだよ。
「病院まで車で送ろうか?」ご近所さんの親切が沁みる…。疲れた心に響く助け合いLINE3選
 人と人が助け合う場面を見ると、心がじんわりと温かくなりますよね。情報に溢れ、毎日バタバタと過ぎていく現代では、人間関係...
「妍を競う」は女同士のマウントとは限らない
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
「既読スルーは悲しい」と送ったら、LINEの返信を溜めてしまう人の意外な返事が…
 LINEを送っても未読のまま返信がないと「嫌われたのではないか?」と不安になりますが、LINEの返信を溜めてしまう人は...