穏やかな主婦が知った「浮気より刺激的」なもの。人生初のパチンコで味わった「異世界のような」快感

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-01-11 06:00
投稿日:2025-01-11 06:00

【辻堂の女・熊田 沙耶35歳 #3】

 2年前に都内から引越し、湘南・辻堂で暮らす沙耶。注文住宅の家で専業主婦をする悠々自適の生活を送っている。しかし、刺激の中で生き生きと暮らす友人に嫉妬の感情さえ生まれない自分に焦りを感じるのであった。【前回はこちら】【初回はこちら

 ◇  ◇  ◇

 冬だから大丈夫だろうと、2週間野菜室に放置していたぬか床が腐っていた。

 ネットで対処法を探したが、そこまでしてぬか漬けを食べたいかというとそうでもないので、潔く処理をする。

 時折、かき混ぜるだけで良かったはず。それをなんとなく忘れていた。

これは求めていた幸福なのだろうか

 そもそも、すでに自分の生活の中でのぬか床の優先順位が低かったから、当然の末路だ。特に落ち込みはしない。

 ――いつからだろう。バーキンも、ケリーも、ハリーウィンストンも、欲しいと思わなくなったのは。

 買ったとしても、持ち歩く場所がない。ちょっとしたパーティーはまずない。そもそもハイブランドを持つだけで、浮いてしまう一般庶民になってしまった。

 都内に暮らし、大手企業や有名人をクライアントに持つPR会社で亜紀らと切磋琢磨していたかつての自分。芸能人とも日常的に会話をするなど華やかな生活の中で、上昇志向と競争社会の波の中にいた。

 つい2、3年前のことなのに、別世界の出来事のようだ。

 沙耶は、悪臭のする糠にまみれた手のひらを見つめる。

 多分、いまは十分幸せな日々のはず。

 だけど、これは求めていた幸福なのだろうか。

「ヒヤリ」とした感覚をもたらしたものは…

 溜息を吐きながら、腐った野菜を生ごみ処理機に移そうと、底から掻き上げた。

 すると、異物の存在感があった。

「なにこれ…」

 小さな固い球体。沙耶はつまんで見つめる。間延びした自分の顔から目を逸らす。そしてにわかに思い出す。

 ぬか床を作った時、夫の机の引き出しの奥に入っていたパチンコ玉を殺菌して数個入れたことを。

 釘をぬか床に加えると、野菜に鉄分が染みて、栄養と鮮やかさが加わるのだという。同じ鉄ならばと殺菌した上で、数個入れたのだ。

 ――そういえば、パチンコ玉って家に持ち帰ると犯罪だよね…。

 その時は意識していなかったが、最近、何気なく見た法律バラエティ番組でそんな話題がとりあげられていた。思い出し、背筋が凍った。とっさに戻しに行こう、と決める。

 そんな真面目な倫理観が、この生活がつまらない一因でもあるのだろう。だからこそ波も風も立つことはない閑散とした海に漂流している。

 駅前に大きなパチンコ店があったはずだと、家を出る準備をする。その中で沙耶は内心不安と戦っていた。ご近所さんや子供を介したママ友に目撃されたらと思うと…。

 しかし、どこか懐かしいヒヤリとした感覚に、再び巡り合えたような気がしてならなかった。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「イラつく顔ね」にグサッ…義母が放った“ひどい言葉” 5選。離婚すればってそりゃないよ~
 嫁姑の関係が悪化する原因の1つに、姑の悪意ある発言があるのかもしれません。こんなことを言われたら、姑への憎悪が膨らむの...
【動物&飼い主ほっこり漫画】連載特別編「ハルちゃん 幼少期の思い出」
【連載特別編】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場!  11月下旬発...
「うちはもっとヤバいよ!」え、不幸話で勝負してる? 聞いてて疲れる“愚痴LINE”3選
 人に不幸話をするときは、いくつか気をつけるべきポイントがありそう。なぜなら「それって不幸自慢?」とウザく感じる人が少な...
「着飾るのは何もないから」偽セレブがマウントを取る理由。“本物の令嬢”の前で見つけた本当の自分
 綾乃は千代田区の高級マンションから武蔵小杉に2年前に引っ越して来た。セレブ気取りの綾乃は同じマンション住人でさえない ...
「あの人が…なんで?」地味ママの“富豪人脈”に呆然。勝ち組を演じていた女の勘違い
 綾乃は千代田区の高級マンションから武蔵小杉へ2年前に引っ越して来た。以前の土地では、富裕層中心のママ関係に居づらさをお...
「世帯年収1500万じゃ恥ずかしい」御茶ノ水からの“都落ち”…武蔵小杉のタワマンを選んだ女のプライド
 リビングの大きなガラス窓の向こうには、大樹のようなマンションがいくつもそびえている。  その景色はまるで都会の森...
ママ友の悪口を誤爆!「このLINE、共有しますね☆」やっちまった…恐怖の誤爆エピソード3選
 子どもを介した友達“ママ友”。それぞれ性格が違うので、合う合わないがあるのは当然です。でも裏で悪口や愚痴を言っていると...
昭和や平成にいた“カタカナ職業”とは何だった?バブルを生きた男が思う「総クリエイター時代」の清々しさ
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(65)。多忙な現役時代を経て、56歳...
長渕剛に20代女性との熱愛報道。60代や70代を好む「桶専女子」の生態とは?“枯れ専”との微妙な違いも
 芸能界ではシニアの恋愛・結婚が話題になっている。8月27日配信の文春オンラインはシンガーソングライターの長渕剛(68)...
100均の“お掃除グッズ”でチャレンジ!夏の水回りは「凄腕くん」でピカピカになるか?
 夏は“大掃除向き”の季節だと思っています。冬のように水が冷たすぎないので、特に水回りの掃除は今がチャンス。  気...
大阪万博だけじゃない!行列で起きた“地獄と奇跡”8連発。推しの神対応、彼氏との悲劇…
 2025年4月にスタートした大阪万博も、残すところあと僅か。今回の万博は、何かと大行列ができることで話題になっていまし...
捨てにくい…!困った引き出物、賢い処分方法は?タオルは保護猫に寄付、2人の写真はリメイクで
 結婚式や祝賀会などの引き出物で、「正直いらない」と思ってしまったものはありますか? 折角の品物だと分かっていても、いら...
“にゃんたま”様の背後に潜む怪しい影…おわかりいただけただろうか
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「飲み=仕事」の時代を生きた酒豪おばさん、ついにリタイアか? 老化で変化した飲酒との付き合い方
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
花屋が一押し!敬老の日に「マリーゴールド」を贈りたい理由。長持ちさせるコツはある?
 今年もシビれるくらい暑い夏でございました。  最高温度は毎日のように体温超え。心配していたのは作物の生育。備蓄米...
賛成or反対? 職場にいる“2世社員”への本音。本人的には「バレたくない」ってなんで?
 あなたの職場に、親が会社の中心人物である「2世社員」はいますか? コネ入社ゆえに対応が厄介だったり、逆に出先では信頼さ...