綺麗ごと抜きで…絶望を知るから増すアインシュタイン・河井の夢を追うことへの説得力
【今週グサッときた名言珍言】
「幼い頃から吉本に入ることが夢で、かなうと信じてやまなかったその夢が消えたと確信した、確信させられた瞬間でもあった」
(河井ゆずる/テレビ朝日系「耳の穴かっぽじって聞け!」5月12日放送)
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アインシュタイン・河井ゆずる(44)が、子供の頃、極貧生活を送っていたことは有名だ。3歳の頃に母子家庭に。母は女手ひとつで息子2人を育てていたが、河井が18歳の頃、「体力の限界」と告げた。アパートの家賃を払えず、雑居ビルの屋上のプレハブに住むことになったのだ。その生活はバラエティー番組では笑い話として語られることが多いが、実際には「絶望」だったという。そのときの心境を語った言葉を今週は取り上げたい。
幼い頃は、プロ野球選手に憧れた。だが、スポーツをやるのはお金がかかる。だから、諦めた。次に目指したのが芸人だった。「毎晩布団に入ると、テレビに出てる自分を想像しながら寝てました。吉本に行って有名になって、お金を稼いで親父を見返せたらええなあ」(朝日新聞出版「AERA」2024年8月12、19日合併号)と夢見ていた。中学の頃からバイトをし、家計の足しにしていたが、これからは自分が家計を支えなければならない。芸人の夢も諦めなければならなかった。
だが、過労のため倒れ救急車で運ばれたことをきっかけに芸人になった。そんな河井にコンビ結成を持ちかけたのは相方の稲田直樹の方だった。最初は断った。吉本の社員から「(注=稲田の)見た目がテレビ的にはNG…うーん、もしくは…ギリギリNGかな…」(株式会社CAM「新R25」21年7月1日)と言われたからだ。
それでも“お試し”的に組むと、稲田の遅刻ばかりする、だらしない性格に悩まされた。「お前の遅刻で仕事がなくなったら、俺が実家に送る金を補填してくれるのか?」と仲が悪くなるかもしれなくても、叱り続けた。「いっしょに仕事して何かを目指す以上、お互いの人生には責任がある」(同前)と考えたからだ。
河井はまだテレビに出ていなかった頃から、3年後に東京に行くと決め、逆算して年間計画を立てた。「いつも先を見て計画を考えているのは、子どものときから考えざるを得ない環境だったことが大きいかも」(「AERA」=前出)と。
いまでは、児童養護施設への寄付やボランティアを積極的に行っている。河井は言う。「綺麗ごと抜きで夢は追ってほしいなと思います。夢から逆算して、じゃあ今は何をしたらいいか、3年後、5年後どうなってたらいいのか、やりようはなんぼでもある」(講談社「mi-mollet」23年7月6日)。
その言葉は河井が言うからこそ説得力がある。
(てれびのスキマ 戸部田誠/ライタ―)
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