「赤羽に行きたい」という二人に抱いた思い
赤羽は、私たちが通っていた大学からも近い繁華街で、もちろん当時は住んでいる友人も多かった。詩織も美鈴も百恵の近くの家に住んでいた。
「行きたい! 3人で行くなんてすごくエモい。最近テレビでよく見るし、みんなで行きたいと思っていたんだ」
美鈴は弾んだ声で即答した。エモい。今風の言葉で反応する彼女には大学生の娘がいるらしい。その影響だろうかと、百恵はしても意味ない考察をする。
二人とも、卒業してすぐ赤羽を出て行った。「来たい」と言ってくれたのは嬉しかったが、百恵の中にどこか腑に落ちない部分もあった。
――こんなときだけ都合いいんだよなぁ。
長年、赤羽を離れて見向きもしなかったくせに、テーマパークに行くような感覚で「行きたい」「エモい」と気軽に言える彼女たちにカチンときた。
しかも今日は日曜だ。百恵はこれから、夕方からシフトが入っている。24時間のコールセンター、こんなことはザラだ。ゆっくり酒を飲む暇なんてない。
「ごめん、これから会社に行かなきゃ」
気にしないようにしていたが、王道の人生を歩く彼女たちを目の当たりにすると、やはり心が疲弊する。卑屈になってしまう。しなくてもいい見栄を張ってしまう。自然と突き放すような言葉が出てしまっていた。
20年も会っていなかったんだ。これからもメールやSNS上だけの付き合いなのだろう。百恵は自分からバリアを張るように、その場を後にする。それでも彼女たちは笑顔で手を振っていた。
健康診断の結果は「……え、D?」
「佐藤さん、こちらどうぞ」
その夜、業務中に派遣の営業さんから一通の封筒を手渡された。先日うけた健康診断の通知だった。
毎年、見るだけ無駄なくらい、Aが並んでいる。今回もそのつもりで、すぐに見るつもりはなかった。
しかし、問い合わせの電話も鳴らず、じっとしていれば昼間の不愉快な出来事を考えてしまいそうだった。百恵は手持無沙汰で義務的に封を切る。
「…え、D?」
乳がん検診の欄に、要精密検査と書いてあった。
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