文句しか言っていない“想いびと”の存在
「かわいくないんですよ~(笑)。『なんだよ』って文句しか言っていない。好き嫌いは多いし、忙しいときに限って、ご飯を食べてくれない。でも四六時中、考えていますね」
これは付き合っている人に向けられた言葉、ではなく、元・野良猫の「たにゃ」(♂)に向けられたものです。
現在「たにゃ」と暮らす男性は、新宿の歌舞伎町を中心に20年以上飲食業に関わってきました。インバウンドで賑わった2010年代後半は「これまでで一番景気がよかった」といいます。
「自分は仕事ができるんだと勘違いしていましたね」
しかし、コロナ禍で状況は一変。歌舞伎町から人が消えてしまいました。男性は飲食店を継続させるため、金策に走ることとなります。
ところが毎日、早朝から関係各所に挨拶に出向くも、そうそうお金を貸してはもらえません。
すっかり肩を落として車を停めてある駐車場に戻ったとき、出会ったのが野良猫の「たにゃ」でした。
人の消えた歌舞伎町での出会い
人の気配がせず、酔っぱらいの声も聞こえない。「たにゃ」にとって、おびえてものかげに身をひそめる必要のない時期でもあったのでしょう。
じっとこちらを見つめる「たにゃ」。男性は仕事がうまくまわらず、精神的に追い詰められていたせいもあったのでしょう。それまで気にかけたこともなかった野良猫がふいに気になり、思わず声をかけました。
こうして男性と「たにゃ」との駐車場での交流が始まったのです。
2年間一度も触れずにご飯をあげる生活
男性は毎日、駐車場で「たにゃ」にご飯や水をやる生活を約2年間続けます。この間「たにゃ」は男性も一定の距離をとり、一度も触らせてくれません。
男性は、野良猫である「たにゃ」の生き方を尊重したいと思う気持ちと、保護して清潔な自宅で暮らさせたほうがいいのでは? という思いの狭間で悩みます。
せめて寝やすい環境を作ってあげたいと、男性は行動に出ます。
古びた毛布を敷いてあげれば済みそうなものですが、「それではここに野良猫がいることが他の人にわかってしまう」と、藁を敷くことに決めました。
自宅の風呂に入ってビールを飲む自分はなんだ?
その後は都内や近郊のホームセンターに電話をかけ、最終的に千葉県まで行って藁を購入したといいます。
そこまでしても男性は、自分自身を責めずにいられなかったとこう話します。
「『たにゃ』にご飯をやった後、家に帰って風呂に入って、ビールを飲む。結局、自分はそういう薄情な人間なんだと。偽善者じゃないかと。『たにゃ』を思うなら、自分も外で寝ろよって」
そして「たにゃ」と男性をつなぎとめていた駐車場が、取り壊されることに――。
男性はついに「たにゃ」と共に生きる決意を固めますが、実際に暮らすようになるまでには、さらに1年間を要するのでした。
野良猫は人に懐かないところも魅力
自身を「たにゃパパ」と名乗る男性と「たにゃ」とが少しずつ心を通わせていくさまはTwitterを通して拡散され、共感を呼びました。また、『歌舞伎町の野良猫「たにゃ」と僕』として書籍化され、この夏、発売されます。
信頼しているけれど、甘えているわけではない。くっついているわけでもないけれど、いなくならないでほしい。
「たにゃ」と「たにゃパパ」は、そんな適度な距離感にあります。
「野良猫は、自分で考えて生きていくことが基本。人に懐かないこともまた魅力です」
「たにゃパパ」さんはそう語ります。そこには、まるで長年付き合った恋人同士のような関係性が築かれているようです。
(写真/『歌舞伎町の野良猫「たにゃ」と僕』より)
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