格下女子の玉の輿に、千佳の心はざわついて…
この気持ちを嫉妬だと表現したくなかった。
彼女の言葉や表情には、苛立つ方に問題があると思ってしまうほどの純粋さがあったから。心から生活に満足しているあらわれなのだろう。
「ねえ、千佳さん。良かったら、お休みの日にまたゆっくりランチしたいな。ご自宅はどこ?」
「吉祥寺だけど」
「吉祥寺! あのあたり素敵よね。のんびりしていて」
「…芙美さんは豊洲よね」
千佳は深く突っ込まれないように、質問を繋げた。すると芙美は声を潜めながらもサラリと言うのだった。
「うん。でももうすぐ引っ越すよ。晴海の新しくできたマンションに」
「――え! もしかして、ハルミフラッグ?」
ハルミフラッグ。東京五輪の選手村として使用された晴海のマンション群だ。湾岸エリアの中でも比較的割安だが、部屋によっては倍率が何百倍もするという。
自虐を装った自慢じゃないの?
実は、千佳の今住む家とさほど値段は変わらない。今の家の購入時に一度検討したが、固定資産税やその他諸経費が家計に見合わないと正信からの反対があり、申し込みさえできなかった憧れの城だ。
千佳の驚きに、芙美は恥ずかしそうに頷いた。
「当たるとは思っていなかったのよ。投資用に買う人が多いって聞いたし、どうなんだろう。まぁ、今のマンションも満足しているわけじゃないんだけどね。たとえばね…」
それから芙美は突然エンジンがかかったように、つのる愚痴をどんどん吐き始めた。
周りは小学校受験や中学校受験が当然で、インターの自分は肩身が狭い、ボスママ主催のお茶会が憂鬱なこと、仕事をしたいけどブランクがあって復帰ができないこと、毎日暇を持て余していること…などなど。
困ったような顔であるが、口元は笑っている。そのせいか、喋る内容すべてが千佳にとって自虐を装った自慢に聞こえた。
1時間近く、機械のように首を上下させ続ける。千佳はなんとか耐えぬいた。
こぼれた自分の本音に呆然
◆
「ありがとう、今日は楽しかった」
スッキリしたのか、東京駅のタクシー乗り場の芙美は満面の笑みで颯爽と車に乗り込んだ。
「うん…」
「またランチ行こうね♪ 吉祥寺にも行くよ!」
同じ表情を作りながらも、心は無、だった。苦行が終了した開放感で、空っぽになっていたから。
「ランチ…。忙しいから無理かな」
思わず心の声が漏れ出てしまう。同じタイミングで自動ドアがバタンと閉じる。
窓越しに芙美の悲しそうな笑顔が千佳の目に入った。タクシーはそのまま街の中に消えていく。
千佳は呆然と見送りながら、最後の最後で本音の表面張力が決壊してしまったことに気づいたのだった。
【#3へつづく:自分の憧れを全て手に入れた同級生。嫉妬心に狂う千佳は…】
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