【モンテ・クリスト伯】少年時代の興奮が蘇る復讐劇の大作
【孤独のキネマ】
モンテ・クリスト伯
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子供のころ学校の図書館で「巌窟王」を読み、胸をわくわくさせた人は少なくないだろう。もともとはアレクサンドル・デュマの長編小説「モンテ・クリスト伯」。これを黒岩涙香(1862~1920年)が少年少女向けに翻案したのが「巌窟王」である。本作「モンテ・クリスト伯」はこのデュマの小説を2時間58分にまとめたフランス映画の大作だ。
将来を約束された若き航海士ダンテス(ピエール・ニネ)は友人フェルナン(バスティアン・ブイヨン)らの策略によって恋人を奪われ、マルセイユ沖のイフ島に築かれた城塞に投獄される。無実の罪で終身刑を宣告された不運に、生きる気力を失うダンテス。だが絶望の中、脱獄を企てている老司祭との出会いによって、彼は希望を取り戻していく。
ダンテスは獄中で司祭から学問と語学などの教養を授かり、さらにテンプル騎士団が隠した秘密の財宝の存在を知らされる。囚われの身となって14年後、奇跡的に脱獄を果たしたダンテスは、司祭が話してくれた莫大な財宝を手に入れ、謎に包まれた大富豪「モンテ・クリスト伯」としてパリ社交界に姿を現す。こうして自らの人生を奪った3人の男たちに巧妙に近づいていくのだった……。
この物語の魅力のひとつは獄につながれたダンテスが老司祭と出会い、司祭が持っている知識を存分に吸収し、一流の教養人として成長していくことだ。「巌窟王」を読みふけった少年たちはダンテスに自己を投影して憧れを抱いただろう。
もうひとつは言うまでもなく復讐をテーマにしていること。前途洋々の若者が罠に落ち、美しき恋人メルセデス(アナイス・ドゥムースティエ)を含め、すべてを失う。しかも孤島の牢獄に繋がれてしまう。脱出できる可能性はゼロ。座して死を待つしかないのだ。
だが彼は機転を利かせて牢獄の島を脱出。司祭がもたらした情報によって巨万の富を手にし、フランスの社交界に颯爽とデビューする。獄中でボロボロの囚人服を着ていたダンテスが一転、貴族の姿に変身するのだから痛快である。
全編が見せ場の連続
かくしてダンテスは自分を罠にはめた卑怯者たちに次々と復讐する。夜道で人を襲うような原始的な方法は使わない。合法的な手段で相手を滅ぼしてゆくのだ。この過程で司祭から受け継いだ教養と知識が役に立つ。つまり登場人物の役割が見事に一体化しているのだ。
本作について言えば、ダンテスはフェルナンら裏切り者の動きを予測していく。自分が打った布石で相手が何を考え、どう動くかを的確に予測。裏切り者たちを真綿で首を絞めるが如くじわじわと追い詰めてゆく。言うなれば“復讐のプロジェクトX”だ。
これに加えてダイナミックに動くカメラワークが素晴らしい。大型スクリーンの中をレンズが軽やかに飛翔、滑るように地平を駆けめぐって観客にスリリングな陶酔を与える。そのため約3時間の長尺にもかかわらず、一向に退屈せず最後まで楽しむことができる。全編が見せ場の連続で、気がついたら終わっていた。そんな満足度の高い作品だ。
個人的な趣味を言わせてもらえば、謎の女エデを演じたアナマリア・ヴァルトロメイが美しい。「あのこと」(2021年)で妊娠中絶の不条理に立ち向かい、昨年は「タンゴの後で」で映画「ラストタンゴ・イン・パリ」に出演したマリア・シュナイダーの苦悩を熱演した。まだ26歳。さらに花開くだろう。
ちなみに黒岩涙香は明治から大正にかけて活躍したジャーナリスト。権力に立ち向かう反骨精神は今も高く評価されている。主人公のダンテスと同様に黒岩涙香も逆境に屈しない硬骨漢なのである。(TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中/配給:ツイン)
(文=森田健司)
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