対処法その1「第三者を介入させる」
浮気についてシラを切り続けるひろしに、再び飛びかかろうとした時……。
ピンポーーーーーーーーーーーーーン。
この大狂乱、修羅場中の修羅場、そんな土曜日の朝に誰が来たというのでしょう。事後を象徴する顔中パリパリ感に、大泣きをして涙の上塗り、スッポンポンにシーツを巻きつけてはいるものの、髪を振り乱し鬼の形相でボロボロの状態。宅急便が来たとしてもまさか出られるはずもないし、フロントに預けておいてもらおうと、少し冷静になりつつ、まんじりともせずひろしを睨みつけるわたし。
すると鍵の開く音がし、ガチャリと玄関が開けられます。「え? まさか!?」と思う間もなく、
「おはようございます。こちら車に搬入しておきます。下でお待ちしておりますので、ごゆっくり。では」
と、こちらの状況をまったく意に介してない、ひろしの運転手ニイナミさんでした。伏し目がちで目線を逃しながらも、有無をいわせぬ雰囲気で玄関に置いてあるゴルフバッグを抱え、出て行こうとします。
「ああ、そうやな。こいつが発狂してから、ほんま。朝帰りしたと思えば、飛びかかってくるわ、ちょっと支度手伝ってくれんか」
亀の甲より年の功
ここです!!! これこそがひろしが編み出す手練手管の81歳女好き、経験した修羅場は数知れず、亀の甲より年の功といった趣の修羅場攻略法その1です。それがこのように第三者を介入させるということ。この完全にふたりの地獄沙汰、真空パックという状態に誰かが入ってくることで真空状態が抜け、他者視点が入るので不利になるようなこと、例えば殴るとか暴言を吐くことができなくなります(ここではわたしが)。
ひろしはゴルフバッグを抱えて車に戻ろうとするニイナミさんを呼び止め、自分の支度を手伝わせることに成功します。
「お前もシャワー浴びて、とりあえず支度しなさいね。軽井沢に一泊やで。嬉しいやろ」
ちょっと気分が上がりそうなことを言ったつもりなのかも知れませんが、こちらはそんな気も毛頭ないし、とりあえずこの状況が恥ずかしいのでバスルームに逃げ込みます。逃げ込んだら、とりあえずパリパリが気持ち悪いのでシャワーを浴びますし、そうなると髪も乾かすし、化粧もするし、服も着ちゃいます。
ですが、わたしは軽井沢なんて行きたくもないし、浮気疑惑というか完全なクロに、不完全燃焼でとりあえず問い詰めたいわけです。土下座でもさせて。初めて恋人に裏切られた絶望の中でソファにへたり込み、まとまらない考えの中で吐きそうな気分です。気が緩むと泣きそうになっています。
しかしひろしとニイナミさんはキャッキャとクローゼットで支度をしていて、
「どやこれ、ジジくさくないか。ニイナミさんはセンスがええから、決めてもらおう。お母ちゃん(わたしのこと)が今、なんや知らんけどヘソを曲げとるから」
などと、のたもうておるわけです。
そしてどうやら支度が終わったようで、
「ほな、お母ちゃん、行くで。お前の服も入れてやったけ」
と玄関で靴を履いています。
対処法その2「土下座、ゼロ円」
1分前までは、絶対に行かせない、行かない、引っ立てて問い詰めて死刑にしたい気分でいるわけです。しかしヤツは完全にもう行く気満々で、はよ来い、と言っており、ニイナミさんが既にゴルフバッグとともにいなくなっている状況では“ここにひとりで残れない、もっと問い詰めないと気が済まない、絶対に逃さない”という思いの方が先行しているので、軽井沢でとっちめてやる、というモードにパッッカーンとパラダイムシフトされちゃったのです。
「どうしても一緒に来て欲しいのね? じゃあこっちに来て。ソファまで迎えに来て。一緒に来てくださいって土下座してよ」と怒りで涙声を震わせるわたし。
「めんどくさいやっちゃな」
「来ないと行かない」
そしてひろしは玄関で既に履き終えていた靴を脱ぐと、ソファまで来て、すんなりと土下座をし、
「一緒に来てください」
と、土下座をしたのです。
わたしは仏頂面で、ひろしに手を引かれ、マンションの下に降りて行き車の助手席に乗り込みました。運転席でニイナミさんが満足そうに頷きました。
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