知りたくなかった…衝撃の事実
――良かったです。
「仕事でたまたま江の島神社に行ったときは、芸能の神様に『Oさんがもっと売れますように。そして二人が一緒になれますように』と、すでに結婚を考えている自分が居ました。
ただ……出会いは元々SNSで、彼が声をかけてきたのが始まりです。よくよく考えれば、私は彼の事務所が借りている寮がどのあたりにあるかはよく知りません。
いえ、より正確に言えば私鉄S線であることは教えてもらっていましたが、『うちの事務所は恋愛禁止だから』とプライベートは、一切秘密にされてる状態です。
ウィキペディアで彼を調べても、九州出身で36歳であることや過去のメディア出演など、目新しい情報はありません。しつこく訊いたら嫌われるかもしれない恐怖が、私を『都合のいい女』にしていたんですね。
セックスしている時は幸せでも、連絡手段はLINEのみ。それも『今日はロケで遅くなるから、夜はメールなしで』とか『明日から2泊の仕事が入った』と、徐々にぞんざいな扱いに変わっていきました。
その割には、SNSをアップする時間と絶賛コメントの内容は細かく指示されるのですから……もう、メンタルがやられっぱなしですよ。誰にも相談できず、半年ほどが過ぎました。
――そんなR子さんに、転機が訪れた。
「今でも忘れません。
会社の先輩と二人で、マンション内見の老夫婦をご案内した時です。先輩が運転する車で向ったのですが、新宿駅から二回乗り換えてさらに15分ほど歩いた緑豊かな場所です。
大きな駅ではありませんが、近くには病院や公園もあって、治安も良くファミリー向けマンションも多いです。で、老夫婦の歩調に合わせてゆっくりマンションに向かっている時でした。
近くのコーポから『パパ、早くー』と小さい子供の声が聞こえたんです。何気なくそちらを向くと、マスクはしているものの、見覚えのある長身の男性がベビーカーを押してくる姿が目に留まりました。
黒いジャージを着たその姿は、明らかにOさんでした。黒マスクも帽子も、私とラブホで密会する姿で……彼、結婚していたんです」
すべてのLINEを無視するように
――信じられません。
「私もその場に凍り付いたように、動くことができませんでした。
心臓がバクバク鳴って、嫌な汗が全身に噴きだしてきて……やっとの思いで視線を流すと、男の子は3歳ほど。ベビーカーの赤ちゃんは……よく見ることができませんでした。今にも吐きそうになって……。
幸い、先輩や老夫婦の陰に身を潜めたため、彼は私の存在に気づきません。そのあと、『ママ、早く~』と男の子が叫びました。私は、思わずその場にしゃがみこんでいました。先輩が「どうしたの?」と言ったので、とっさに「すみません、靴紐が……」と、ほどけてもいない靴紐を結びなおすふりをしました。
顔を上げることができず、奥さんの顔は見られなかったけれど、やっとの思いで立ち上がり、Oさんたちのほうを見ると、スポーティな服装のボブヘアの女性の後姿がありました」
――そのような現実が待っていたとは……おつらかったですね。
「あの日、彼に会った衝撃は覚えているのに、そのあと、どのように内見をしたか、先輩やご夫婦とどのような会話がなされたか、まったく記憶にないんです。ただ、吐き気だけはおさまらず、その日は会社に戻ってから早退しました。
翌日がちょうど水曜日で会社が休みだったのが幸いでした。何も食べられず、何も考えられず、ベッドでうずくまり……でも、眠れているのか、まったくわかりません。
体がだるくて、気づけば涙が止まらなくて……寝ては目覚め、目覚めては寝て……目覚めた時、これが夢だったらと何度思ったか知れません。母が心配してくれて、おかゆを作ってくれました。
家族のありがたみがよくわかりました。その晩、彼からLINEが来ましたが、無視しました。翌日も『どうしたの?』『メールしてよ』『写真アップしたからコメントしてほしい』との連絡がありましたが、一切無視です」
「失望」が忘れる一番のクスリ
――今はだいぶ落ち着きましたか?
「はい……半月ほどメンタルがボロボロでしたが、徐々に回復していきました。悲しいという気持ちより、あんな生き方しかできないOさんのほうが哀れに思えてきたんです。だって、恋愛禁止と言っておきながら、結婚して子供も二人いるのに、ニュースにすらならないじゃないですか」
――確かに、ある程度売れている芸能人なら「実は既婚だった」「実は妻子アリだった」など報道されますものね。
「本当、笑っちゃいますよね。話題にもならない……だから、SNSで女性をナンパしていたんでしょうね。セックスしたての頃、痛がる私に『だってR子ちゃんはキレイで幻のようで、今にも消えそうだから』なんて陳腐な言葉で欲望を満たして……。
今回のことで一つ学んだんです。男の人を忘れるのに一番効くのは、怒りや憎しみじゃなく、『失望』なんだと確信しました。もう滑稽(こっけい)すぎて、呆れ笑いですよ。
それに、こんなことは言いたくありませんが、彼の奥さんや二人のお子さんに同情してしまいます。『最低の夫とパパを持っちゃったわね』って。あは……私、性格悪いですね」
◇ ◇ ◇
そう笑いながら、R子さんの白い頬にひとすじの涙がこぼれた。
でも、口元は笑ったままだ。
あんな男のために流す涙は無いと言わんばかりの、ある種のすがすがしさを感じる表情に、取材していた私も唇を引き締める。
「では、次の約束があるので」とにこやかに立ち去るR子さんに、私は心の中で「次は幸せな恋愛をしてほしい」と熱いエールを送った。
ー了ー
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