名脇役 故・佐々木すみ江さんが演じた“もう一つの母親像”

神田つばき 女と性 専門ライター
更新日:2019-08-28 18:13
投稿日:2019-04-07 17:00
 さる2月17日、肺炎のため亡くなった女優・佐々木すみ江さんをしのんで、4月13日(土)から19日(金)まで東京都中野区の映画館・ポレポレ東中野で追悼上映が行われることが決定した。上映作品は『ゴンドラ』、35年近く前に20代の無名の監督・伊藤智生氏が撮影した映画だ……。

1988年公開の『ゴンドラ』を追悼上映

子供と若者の孤独をテーマに

 都会にあこがれて東京に出てきたものの、友達もできず、ゴンドラに乗って高層ビルの窓を拭く仕事に明け暮れる青年・良(界 健太)。離婚した母(木内みどり)と暮らすかがり(上村佳子)も、父母の争いに傷つき、学校でも孤立。心を閉ざして、誰にも笑顔を見せない女の子だ。

 マンションの窓ごしに無言で知り合った二人が、不器用かつ臆病にふれ合いながら良の故郷・下北半島へ向かう……という物語。下北半島の農家で二人を迎えるのが、半身不随の夫(佐藤英夫)を介護しながら明るく働く良の母(佐々木すみ江)だった。

 今、なぜこの作品なのか――。その後、AVの世界で人気メーカー・ドグマを率いるTOHJIRO監督としても活躍する伊藤智生さんにお話をきいた。

――この作品は時代先取りだったんじゃないですか? とてもイマ的な感じがします。

 伊藤監督「撮影したバブル当時、かがりちゃんみたいな子はまだ少なくて、はしりだったね。今はいっぱいいる。親の離婚、学校や職場でのいじめ。心を閉ざして学校に行かなくなり、そのまま引きこもり、ニートになる。統計よりずっとたくさんいると思うよ」

リバイバル上映でバズった

 完全な独立プロで制作した『ゴンドラ』、OCIC日本カトリック映画大賞をはじめ国内外で数々の受賞にかがやきながら、1988年のロードショウ公開以後はDVD化されることもなく眠っていた。

 ところが2017年にたった1週間の予定でリバイバル上映したところ、昔見たファンだけでなく若い人も詰めかけて火がつき、一年半以上かけて全国の単館で上映され続けるという現象に。俳優の斎藤工さんも感想をブログに書いてくれた。

 居場所を失ったかがりが成長していく物語が、今の若い人たちの心に響いたということか。

――傷ついて大人を信用しない子を、かがりちゃんはとてもリアルに演じていますね。

伊藤監督「彼女は素人だったの。ひとりで絵画教室に来ていた女の子で、ぶっきらぼうな話し方とか、この子しかいないと思って起用した」

 つくりものではない、リアルな表情が必要だった。演技経験のない“かがりちゃん”の、大人に甘えようとしない、子供らしくない表情をそのまま撮った。

 撮影後半、下北半島で“かがりちゃん”を待っていたのが佐々木すみ江さん。佐々木さんは南部弁の特訓のため、一足さきに地元入りしていたのだ。

ひたすらに、さまざまに演じ続けた役者人生

緊張する子役から自然な笑顔を引き出した佐々木さん

 佐々木さんと“かがりちゃん”が五右衛門風呂に入る場面がある。いつもはひとりで入浴しているかがりが、良の母と語り合い、心をゆるして背中を流し合う“良いシーン”。しかし彼女は演技経験のない小学校六年生だ。カメラの前で裸になることに抵抗がないはずない。

 伊藤監督「佐々木さんがね、あんたなんて若いんでしょ? 可愛いじゃないの! おばちゃんの方がどれだけ恥ずかしいと思ってるの、と笑いながら、緊張するかがりちゃんを和ませてくれた」

 二人のその笑顔をそのまま撮った。佐々木さんが演じるふところ深い母親像あっての作品だが、実はこのとき佐々木さんはまったく別の母親役で世に知られていたのだ。

上手すぎた、14年間の憎まれ役

 TBS系金曜ドラマ『ふぞろいの林檎たち』(1983~1997年)で演じた中井貴一の母親は、兄嫁をいびり抜くくせに、気に要らないことがあると泣く、という毒親にして毒姑。14年間にわたって演じたこの憎まれ役が上手すぎた。良の母親役とは対照的で、名脇役と呼ばれた佐々木さんならではの演じ分けだ。

 天璋院篤姫の養育係として出演したNHK大河ドラマ『篤姫』の「女の道は一本道でございます」というセリフを記憶している人も多いのでは。90歳で逝くまで役者として生きた佐々木さんの人生こそ一本道だと言えよう。

 追悼上映の『ゴンドラ』と配信で見られる『ふぞろいの林檎たち』と。ぜひ、佐々木さんが演じた真逆な母親像を見比べてみていただきたい。

神田つばき
記事一覧
女と性 専門ライター
離婚と子宮ガンをきっかけに“目がさめて”女性に生まれたことの愉しみを取り戻すべく、緊縛写真のモデルとライターに。私小説「ゲスママ」、イベント「東京女子エロ画祭」「親であること、毒になること」などを企画。最近は女犯罪者や緊縛表現者に関するZINEの制作・販売を開始。Xnoteblog

エンタメ 新着一覧


「あんぱん」薪鉄子が持つ“小道具”の細かさに気づいた? すれ違いコントは見なかったことにします
 鉄子(戸田恵子)からの電話に出た東海林(津田健次郎)は、ひとり考え込んでいた。鉄子がそんなに怒っていたのかと、慌てて謝...
桧山珠美 2025-07-16 17:31 エンタメ
もはや『M-1』は芸人だけのものじゃない? 万博、地方創生…吉本が目指す“次のフェーズ”
 6月25日、漫才日本一決定戦『M-1グランプリ2025』(テレビ朝日系)の開催会見が東京・渋谷よしもと漫才劇場で開かれ...
令和ロマン・高比良くるまが“騒動”で得た「天下を獲る」ために必要な武器
 オンラインカジノ問題をめぐって活動を休止していた令和ロマンの高比良くるまさんが4月28日、約2か月ぶりに復帰しました。...
田原俊彦よ、「※ただしイケメンに限る」はもう通用しない。世のオジサンは彼の“勘違い”から学ぶべし
 6月15日放送の『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)にて、ゲスト出演した田原俊彦が、女性アナウンサーにセクハラを...
堺屋大地 2025-07-14 11:50 エンタメ
【募集】夏ドラマ何見る? 期待してる&ガッカリを教えて!『ひとりでしにたい』『ちはやふる』『しあわせな結婚』etc
 コクハクでは2025年名夏ドラマを対象としたアンケートを実施します。7月よりスタートする夏ドラマ、「期待している」「面...
「あんぱん」嵩らの“腹痛”は史実とちょっと違う? 懐かしい2人の登場には狂喜乱舞! 生きていてよかった…
 東京に到着したのぶ(今田美桜)たちは、さっそく聞き込みを始めるが「ガード下の女王」はなかなか見つからない。みんなで屋台...
桧山珠美 2025-07-11 18:33 エンタメ
「あんぱん」メイコ、夢はお嫁さんでいいのか? 健太郎(高橋文哉)ともう1人の“三角関係”を妄想する
 東京出張の前日。みんなで取材する代議士の資料を確認していたのぶ(今田美桜)は、岩清水(倉悠貴)が話す「ガード下の女王」...
桧山珠美 2025-07-10 18:34 エンタメ
timelesz、新体制が“古参ファン”に受け入れられる日は来るのか? 旧ジャニ「シャッフルメドレー」不参加の賛否
 7月5日、櫻井翔(43)が総合司会を務める音楽特番「THE MUSIC DAY 2025」(日本テレビ系)が放送され、...
こじらぶ 2025-07-10 11:50 エンタメ
石田ひかり53歳、今を生きる女性に伝えたい“楽しく生きていく”ためのメッセージ|映画『ルノワール』
 1986年のデビューから、映画『ふたり』『はるか、ノスタルジイ』や、連続ドラマ『悪女』、連続テレビ小説『ひらり』、『あ...
望月ふみ 2025-07-10 11:50 エンタメ
『あんぱん』ツダケンの“にゃあ”が秀逸だにゃあ!「月刊くじら」には色々とツッコミどころもあるが
『月刊くじら』創刊号は2日で2000部を売り切り、好調な滑り出しを見せる。嵩(北村匠海)は『月刊くじら』編集部に異動に。...
桧山珠美 2025-07-09 17:00 エンタメ
【10万いいね】鈴木えみ、20年前→現在の比較写真が“美しすぎる”と絶賛「変わらなすぎ!」「今の方が可愛い説まである」
 ファッションモデルから俳優業まで、幅広い分野で活躍する鈴木えみさん(39)。2025年7月7日に自身のInstagra...
春ドラマの評判を調査!本命『最後から二番目の恋』は2位。1位は意外な快進撃。日常系が人気、刺激疲れか?
 2025年の春ドラマが、次々とフィナーレ。今期はSNSでバズった顔ぶれも多く、ドラマファンからしても楽しいシーズンだっ...
「あんぱん」嵩は受かるのか…って次週予告編でネタバレか? アンパンマン声優の姿もチラリ
 のぶ(今田美桜)の家で暮らすことになったメイコ(原菜乃華)は、夢に向かって一歩を踏み出す。そしてのぶも、月刊誌の刊行に...
桧山珠美 2025-07-05 08:00 エンタメ
『あんぱん』のど自慢といえば「ひよっこ」有村架純を思い出す。メイコが歌うのはどの歌なのか?
 夕刊の話がなくなり、時間を持て余すのぶ(今田美桜)だったが、夕刊の代わりに月刊誌を出せることに。岩清水(倉悠貴)と歓喜...
桧山珠美 2025-07-03 18:11 エンタメ
TOKIO 国分太一騒動で危うい“料理イケメン”たち「男子ごはん」での気になる発言
 またひとり、旧ジャニーズのタレントが消えてしまいました。今度はTOKIOの国分太一(50)です。今月20日、無期限の活...
東海林(津田健次郎)はエラいのかポンコツなのか? ともあれ“ツダケン”の魅力的な演技に惚れ惚れ
 高知新報が夕刊発行の申請をし、のぶ(今田美桜)は編集長を任された東海林(津田健次郎)と先輩記者の岩清水(倉悠貴)と共に...
桧山珠美 2025-07-01 18:19 エンタメ