八方ふさがりの紘子。彼女がその世界に執着する理由とは
「もう辞めよう」と思うことは何度もあるが、そんな時に限って、連続ドラマの端役出演が決まったり、舞台のオファーがある。まるで、神様が自分を引き留めてくれるかのように。
それ以上に、辞められない意地もある。
常連の要望で、カラオケ映像のモニターがBSで放映されている巨人戦に変わっていた。
ノーアウト満塁の場面でひと盛り上がりした後、無得点。落胆の中、CMの音声だけが店の中に響く。気まずさを取り繕うように、重田は紘子に話しかけた。
「最近、よく出てるよねこいつら」
「ああ、『芝居衆団パプリカ色素』ですね」
CMに出演しているのは、今をときめく演劇ユニットだ。
「ひろみちゃん、彼らと“ニチゲイ”の同期だったんでしょ」
「……はい」
重田は、知っていて話を振っている。以前、ちらりとそのことを喋ったことがあり、好奇心で掘り下げたい話題なのだろう。
――思い出したくないのに……。
芝居衆団パプリカ色素の元旗揚げメンバー
主宰の緑町祐輔と看板役者・向坂拓哉を中心とした芝居衆団パプリカ色素。本公演チケットはプラチナ化するほどの人気だ。劇団員はみな、大手芸能事務所に所属し、映画・ドラマなど幅広く活動をしている。
実は紘子、この劇団の旗揚げメンバーであった。
奇しくも、紘子が退団した直後、主宰が脚本家として名をあげたことを機に一気に注目劇団として世に知られることとなったのだ。
「座付きの奴、今度朝ドラ書くんだろう。メンバーたちも揃って出るみたいだし、ひろみちゃんも出してもらいなよー」
「いや。そんな ダサいことできませんよ」
「え……」
ざわめく店内が一瞬、静まった。紘子はそのまま続ける。
「劇団員の奴らも、演技が大してうまいわけじゃないでしょ。才能のある人に乗っかっている金魚のフンみたいね」
「はは。さすが厳しいね、ひろみちゃんは」
思わず本音を口にしてしまった紘子は重田の乾いた笑いに、苦笑いで返す。しかし、吐き出した言葉を否定しなかった。
――私も、あの中にいるはずだったのに。
苛立つのは嫉妬しているから
パプリカ色素は確かに注目を浴びているが、主宰や看板以外のメンバーは役者としてどこにでもいる面々だ。にもかかわらず、彼らは皆、今、我が物顔で第一線で活動していて……。
劇団というカテゴリにとらわれたくないという主張で、「芝居衆団」などと謎の呼称を使っているのもいけすかない。
その苛立ちの所以が嫉妬だとは自分でも理解している。なにか吐き出さなければ、焦燥感の行き場がないから仕方ないのだ。
そんな、紘子には密かな愉しみがあった。
何を隠そうそれは、裏アカで芝居衆団パプリカ色素について批判をSNSに書き込むことだった。
【#2 へつづく:嫉妬心をSNSで書き連ねる紘子の元に驚愕の訪問者が…】
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