【阿佐ヶ谷の女#3】
憎い存在? わざわざ来てくれた“昔の男”
劇団内では三枚目扱いだが、よく見ると目鼻立ちが整っており、スタイルもモデルを思わせるほどスラリとしていることに紘子は改めて気づく。
「びっくり……。来るなら教えて欲しかったな」
画面や舞台越しだと、あれだけ憎い存在であった陽士。だが、本人を目の前にすると、なぜだろう、徐々にその感情が溶けていくのが分かった。
ずいぶん調子のいいことだとは理解している。
だけど、自分の存在をいまだ気にかけてくれていて、こんな台風の日にわざわざ来てくれた――うれしくないわけはない。
「もちろん。久しぶりすぎる!」
「だよね。よかった。じゃ、飲み物もらおうかな」
陽士は1杯だけ、と言いながらもボトルを入れてくれた。しかも、店で一番高い知多のウイスキー。
紘子は緊張と期待感に震える。それでも平静を装いながら水割りを作り、彼に手渡した。
鼓動の高まりを押さえながら交わす会話
「きょ、今日はこのために来てくれたの?」
「もちろん。結城から、紘子が阿佐ヶ谷でスナックのママやっているって聞いてから、絶対に行かなきゃって思ってさ。オフの今日に」
結城とは、大学の同じ学科の同級生で、彼と親しかった男だ。現在、大手広告代理店勤務のその男は、密かに青椒ロンリネスのアカウントのフォロワーでもある。
「スナックのママって言っても、一応、今も事務所に所属して、女優は続けてるんだけどな」
「うそっ。てっきり辞めたとばかり」
「こう見えて、細々とやってるのよ」
どんなに一生懸命小さな実績を作っても、所詮他人にとっては、ないものと同じだということが身に染みる。
スポットライトを浴びる男とモブ役の女
地上波のドラマに出ても名前のない、すなわちモブ役ばかり。現実世界でも同じような役回りだ。脚光を浴びる者たちの周りにいる、引き立て役にもなれぬ一般市民のひとりにすぎない。
最近は、オーディションを受けたり、仮押さえに応じるのも面倒で、告知できるような実績は全くない。
話題を探して口ごもっていると、彼から発せられたのは他人事のような言葉だった。
「へぇー。まぁ、がんばってよ、細々と」
ライフスタイル 新着一覧