#1 夢を諦めきれない32歳の女。高円寺で燻る芸人らと酒に溺れる日々

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-12-17 16:55
投稿日:2023-12-16 06:00

高円寺の優しい夜に抱かれて思うのは…

 午前2時になると女将さんに店を追い出されてしまったので、そのまま私たちは北口のロータリーに移動した。

 解散しようにも、たかぴーが相当酔っ払っており、帰るに帰れなかったのだ。

「…正直、ああいうのってやめて欲しいんですよね」

 たかぴーは、ぐったりとうなだれながら、純情商店街に掲げられている横断幕を指さして呟いた。

『優勝おめでとう』――この街にゆかりのある芸人さんが賞レースで優勝したことを祝うものだ。

 同じ芸人として嫌な方向に刺激されるからやめて欲しい、と彼は呂律の回らぬ口調で述べた。その気持ちは十分理解できるので私は、「まあまあ」と肩を組んで同情する。

「俺だって、一生懸命やってるんですよ。てっぺん、いつか取れるって信じてさ。でもどうあがいても無理なんすよ! 何が正解なんすか!」

「とりま、これ呑んで座んなよ」

「あざっす」

 青春マンガの1ページのような熱弁ののち、彼はストゼロを一気飲みした。

 気が済んだのか彼はそのまま吐瀉物にまみれた地面に伏す。相当嫌なことがあったのだろう。

私だって同じようなものだけれど

 たかぴーと同じ事務所のユウくんいわく、彼は今日行われた事務所のバトルライブで最下位だったそうだ。

 ふたりの所属する事務所は芸人のみのマイナーなプロダクション。その最下位ということは、芸人として下の下であることを突きつけられたようなものだ。

 私は苦笑いするが、状況は同じようなものである。

 今日のライブは、自分の集客は0であった。SNSのフォロワーもいまだ3桁だ。

 ――まあ、彼みたいにはっきりダメを突きつけられるより、マシか。

 見下しあうことで、精神衛生を保つライフハック。

 その後は、消化しきれなかった与太話を処理して、いつの間にか解散していた。

寝起きの一服中、妹から連絡が

 目が覚めると、そこは我が住処、8畳間の湿ったマットレスの上だった。

 寝覚めのタバコに火を点け、バイトの時間まで、もう一寝入りしようと決意する。

 ――昨日のギャラも、全部使っちゃったな。

 ヤニでうっすら色づいた天井を眺めながら、愚かな自分を笑う。

 すると、スマホが振動していることに気づいた。3年ほど会っていない、新潟に住む妹からだった。

「ああ…わかった。もういいって。そっちで勝手にしておいてよ。私はよくわからないもん」

 返答もぞんざいに、5分ほどで電話を切った。

昼からやっているあの店なら…

 トピックは3つほど。認知症ぎみの父親をホームに入れるということ。実家じまいをするということ。高校時代の親友が結婚して、招待状が来たということ。

 どれも、耳をふさぎたいことばかりだ。最近は、近況さえも聞いてくれない。彼女も、もうあきらめているのだろう。

「ふぅ…」

 ふたたびタバコに火を点け、大きく煙を吐く。目が冴えてしまった。

 昼からやっているあの立ち飲み酒場ならば、誰か知り合いはいるはずだ。

 私は眉毛だけ書いて、適当なパーカーを洗濯物の中から引っぱり出し、そのまま羽織る。

 そして、高円寺の懐に、今日も抱かれにいくのであった。

#2へつづく:いつも変わらない場所、だけど人は入れ替わっていく…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


【動物&飼い主ほっこり漫画】第91回「院長のオシゴト」
【連載第91回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
【女偏漢字探し】「禍」の中に隠れた漢字は?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
対面トークが苦手ならなおさら…! LINEで反省の気持ちを効果的に伝える3つの極意
 人間誰しも、失敗します。でもその後の対応次第で相手に許してもらえるかどうかが決まるのも事実ですよね。  今回は、...
40代ならやめたい「やばい口癖」と「嫌われる相づち」。周囲はイライラしているかも?
 口癖は、なかなか自分では気がつかないものですよね。中にはネガティブだったり、相手をイライラさせるやばい口癖も…。  ...
我慢し過ぎてやられないで。自慢、のろけ、マウント好き女を返り討ちにした胸スカLINE3選
 世の中には、どうしても相手より優位に立ちたいがために、マウントを取ってきたり、のろけ話をしてきたりする人がいます。 ...
いつも余裕でいるために「お金よりも大事」なこと。スナックのママに教わった“人モテ”のコツ
 スナックに通うようになると、お客さんが一人だけ、なんて日に遭遇することもあります。そういう時、私は貸し切りで嬉しい気持...
キラキラ女子が嫌いな理由5選。職場でもチヤホヤされがち、嫉妬しないようにするには?
 陰キャ女子、集合! 今回はキラキラとは無縁な女性がキラキラ女子を嫌う理由のあるある5選を紹介します。「キラキラ女子が苦...
【45歳からの歯科矯正】2年後の47歳でひとまず終了。ワイヤー矯正をやって後悔、失敗したことは?
 価格は100万円前後、治療期間は最低2~3年はかかるとされる歯科矯正。決して安くはない金額をつぎ込んで、40代でやる必...
会話がつまらない人の6つの特徴。やばい、私も当てはまっているかも…?
「なんか、この人と会話していてもつまらないな」「話していてもイライラするだけなんだけど…」このように感じる相手、いますよ...
「にゃんたまの日」制定まだ? “たまたま”の尊さを広めて称えあおう
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
大人気「韓国ブーケ」とは? 卒業式に映える花束は「お花以上にラッピングが最重要項目」の巻
「JKはラッピングが命だからね!」  猫店長「さぶ」率いる我が愛すべき花屋のバイトスタッフで、めでたく大学進学が決...
近眼と老眼の混合。コンタクトレンズかメガネか、おばさんは迷ってます
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
「安い服でも着こなし上手で尊敬する!」って褒めてるつもり? 悪意ダダもれマウントLINE3選
 人から褒められたら誰でも嬉しいものですよね。でもなかには、褒め言葉のように聞こえて「褒めてるつもり?」と言いたくなるよ...
40代主婦が転職したら20代若手並みの働き方に…正直しんどい現実とは?
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方をテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  昨年、40歳にし...
「ヒステリックな人」って何ですか?【調香師が解説】自律神経の乱れやフェロモンを救う血流アップの香り術
 2月は寒さがピークを迎え、自律神経が乱れやすいフェロモンピンチのシーズン。女性は子宮が冷えるとホルモンが乱れ、イライラ...
無邪気? それともSOSのサイン? 子供に言われてショックだった6つの言葉
 子供の純粋な一言に、あるいは反抗期に浴びた一言にグサッ! と傷ついた…。親なら一度は経験したことがあるのでは? 今回は...