八王子の居酒屋社員で月給18万円、腰かけ学生バイトの尻拭いをする日常

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-07-06 16:52
投稿日:2024-06-08 06:00

こんな日々が“永遠に”続くのかな…

 ――こんな日々が“永遠に”続くのかな。

 うっすら脳裏に浮かぶ絶望。親の残してくれたものがあるから、特段生活は困っていない。月々18万円前後の十分な給料もある。変化を求めているわけではないのだが…。

 この町の若者たちは日々イキイキとしているように見える。

 店のバイトの子も、店で安い酒を酌み交わすお客様たちも、皆元気だ。それに比べて、自分の中にある言いようもない閉塞感はなんなのだろうと。それはどんなにため息をついても解消することはない。

 眠気はあるのになぜか眠れず、由紀はブックオフで買ったばかりの永井路子を開いた。お気に入りの時代小説だ。高校時代は可もなく不可もない成績だったけど、歴史だけは興味があった。

 ひとりきりのこの家なら、前からぶつかってくる若者もいない。安心して世界に没入できる。

 いつの間にか、カーテンの向こうは薄明るくなっていた。

休みのはずの女子が出勤したワケは

 眠い目をこすって職場へ行くと、休みを申し出ていたはずの学生バイトの美波がなぜか出勤していた。

「ごめんなさい、由紀さん。代わりが見つからなかったから出勤しました」

「あ…そう」

 ならば、早めに連絡して欲しい――と思ったが、恐縮している美波を見たら何も言えなかった。叱ってヘソを曲げられたら結果、自分の首を絞めることになる。

 手持無沙汰になった由紀はバックヤードで事務作業に専念することにした。在庫やシフトの管理は、本来店長やSVの仕事だが、彼らは一切やろうとせず、いつも押し付けられている。

大手企業に就職したバイトOBの来店

「うぃーっす! みんな、元気?」

 すると、ランチライムの終わり際、フロアから元気な声が響いて来た。

 ノーゲスト状態になったのを見越して、去年、就職でバイトを辞めた金指が顔を出しにきたのだ。

 大学で応援団だった彼はバイト時代、「いらっしゃいませ」と叫ぶだけでクレームが来るほどの声量だった。その元気の良さを生かし、就職先は大手企業の営業職という。

 声の大きさは今も変わっていない。

 フロアにいた美波と鈴音も同じくらいの大きさで嬌声をあげ再会に歓喜した。

「一緒にされたくないし」自分へ評価に愕然

「鈴音っち、来年就職だよね。どこ行くの?」

「青山の美容室だよ。金指さんも来てー」

「行く行く。会社、近いし。仕事帰り、呑みに連れて行って」

「青山? いいなー。私の初任地は厚木なんだ。もう既に辞めたいー」

 近況報告と思い出話をする3人の声が楽しそうだ。由紀も顔を出そうかと腰をあげたが、若者だけで盛り上がっている様子に遠慮して、ひとまず機会を伺おうとバックヤードから耳をそばだてる。

「鈴音っちは長いから、この店の社員になると思っていたな。由紀さんみたいに」

 金指が由紀の名前を出した。思わず腰を上げフロアに近づいた。

仲がいいと思っていたのに…

「なるわけないって。一緒にされたくないし」

 耳に入ってきたのは、半笑いの返答。

「ひでぇ」「わかるけどw」と2人は続いた。それはあたかも共通認識であるかのように、3人は笑いあっていた。

「…」

 由紀だけがスポットライトから外され、闇に埋もれた。

 もう一歩が踏み出せない。由紀は静かに佇むことしかできなかった。


#2へつづく:バイトに蔑まれていることを知った由紀。業務をこなす中、クレーマーが現れて…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


ほっこり読み切り漫画/第61回「ぎゅうぎゅうにゃんこホーム」
【連載第61回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、突然「コクハク」に登場! 「しっぽ...
カナとか!!!とかwwwとかおばさん構文認定なのね…ドン引き痛LINE集w
 言葉遣いや、文章の書き方は世代によって変化していますよね。  そのため、LINEの文章には、つい年代が滲み出てし...
人生絶賛停滞中…スナックのお姉さんや経営者が実践するブレイクスルー
 仕事でもプライベートでも、“行き詰まった感”がハンパない時ってありますよね。見えない壁があるというか……。みなさんはそ...
参加予定の飲み会、行きたくないときあるよね…角が立たない断り方4選
「飲み会に誘われたけど、どうしても行きたくない……」  そんな気分の日は、誰にでもありますよね。今回は行きたくない飲み...
40代独女が「ひとりでできる趣味」でクレーンゲーム中毒になりかけた!
 前回の記事「習い事は無理でもプチ趣味なら! クレーンゲームとガチャガチャにハマった」でクレーンゲームを紹介しましたが、...
押し流されていいのか…ダンプカーが運ぶ土が海を埋めていく
 ダンプカーが運ぶ土が、着々と辺野古の海を埋めていく。  ラジオから「完成は早くても2037年」というニュースが聞...
男装レンタル(イケメン専門)初体験!女同士で最も心地よかったのは…
 レンタルした男性とデートができるサービスは、今や都内だけで数十以上あるほどに増殖中です。そんななか、イケメン男装さんを...
ドヤ顔で“たまたま”をチラリ! ニヤリな口元がカッコイイね
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
なぜか嫌われる人には「7つの特徴」が…!あなたは大丈夫?
 なぜか嫌われる人っていますよね。どんなに場所を変えても人から嫌われる場合、本人も嫌われる原因がわかっていない可能性があ...
ずっと会っていない「昔の友達の誕生日」が忘れられない
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
500mlペットボトルは花器になる!マム(菊)をもっと身近に楽しむ方法
 我が花屋がございます神奈川。昼間は半袖、朝晩には上着を着る寒暖差が激しい陽気が長く一方で、野辺に咲く菊の花の美しい季節...
上昇志向ママ友「揚げ、汁、ポテサラ。あと3品頑張る!」止められねぇ
 上昇志向の人を見ていると、そのバイタリティーに感心してしまいますよね!  自分の成長や出世、より良くするために...
30代40代でも実践で変われます! なぜか好かれる人に共通する特徴9つ
 あなたの周りに、なぜか好かれる人はいますか? いつも周りに人が集まってきて、みんなに愛される……、できればそんな30代...
スッピンよりも「メイクした顔」を褒められたほうがうれしい
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
コクハク専属ライバー「コクハクリーダーズ第1期生」が決まりました!!
 世知辛い現代社会を生きる女性のためのwebマガジン「コクハク」。このたびは「コクハク」のメディア制作に協力してくださる...
タイムスリップしてきた? 驚くほど時代錯誤な上司の特徴5つと対処法
 職場に嫌な上司がいると、仕事がやりにくいですよね。理不尽なことを言う時代錯誤な上司にストレスを抱えている人も多いのでは...